流石というか、老獪というか。
G20首脳宣言、薄氷の合意 議長国インドがロシアに配慮
2023年9月10日 1:00
0カ国・地域首脳会議(G20サミット)は9日、首脳宣言を採択した。ロシアのウクライナ侵攻をめぐり参加国が対立し、とりまとめが難航していたが、最後はロシアへの配慮をにじませる議長国のインドが押し切った。
「南北間の溝、東西間の距離、食料やエネルギーの問題について、次世代のために解決策を見つけなければならない」。
日本経済新聞より
G20の首脳宣言が採択できない事態を迎えるケースはままある。大抵はロシアや支那が反発してご破算(ねじ曲げられる)になるのだ。
浮き彫りになった日本外交の弱さ?
宣言見送りが懸念された
特に今回、ロシアのウクライナ侵攻があり、支那の版図を広げようとする野望が見え隠れする中でのG20サミット開催である。
G20サミット、9日に開幕/中ロ首脳欠席、初の宣言見送りも
2023/09/08 16:49
日米欧の先進国に新興国を加えたG20サミットが9日、インドの首都ニューデリーで2日間の日程で開幕する。岸田首相やバイデン米大統領らが出席するが、中国の習国家主席とロシアのプーチン大統領は欠席する。ロシアのウクライナ侵攻を非難する日米欧との対立などが要因になったとみられ、08年の初会議から毎回採択してきた首脳宣言は見送られる可能性がある。
四国新聞より
そして、首脳会談と言いつつ、国外に出ると逮捕されるリスクの高いプーチン氏と、国内問題で頭を抱える習近平氏はG20首脳会談に顔を出さなかった。
代役の裁量は極めて狭い。
つまり、二人が「何が何でも反対しろ」との指令を受けていれば、交渉の余地なく宣言は破綻する可能性は高かった。
ロシア非難はせず
ところが、G20の首脳宣言は採択された。
G20 首脳宣言 ロシアを名指しで非難する文言は盛り込まれず
2023年9月10日 7時28分
インドで開かれているG20サミット=主要20か国の首脳会議は9日ウクライナ侵攻について「威嚇や武力の行使を控えなければならない」とする首脳宣言を採択しました。ただロシアを名指しで非難する文言は盛り込まれず、首脳宣言のとりまとめを優先した形となりました。
インドの首都ニューデリーで開幕したG20サミットは、日本時間の9日夜のセッションで、モディ首相が首脳宣言を採択したと発表し、首脳たちが拍手で歓迎しました。
宣言では、最大の焦点となっていたウクライナへの軍事侵攻について「すべての国は領土の獲得のための威嚇や武力の行使を控えなければならない」と明記したほか、「核兵器の使用や威嚇は容認できない」などとしています。
NHKニュースより
なんとなく暈かした表現になっているが、ロシアや支那を批難する表現に見えなくもない。しかし、ロシアのロジックは「あそこはウチの領土だ」「今回のは特別軍事作戦」ということになっている。
つまり、他国の侵略にあたらないというわけだ。
支那の方も、「根拠はないけどウチの領土だ」というスタンスなので、おそらくは問題ないという立場なのだろう。
そして、こうした中途半端な宣言が成立した背景には、モディ氏を始めとするインドのスタンドプレーが背景にあった。
スタンドプレーで押し切る
何があったこと言うと、首脳宣言が初日の討議の途中に発表され、「合意に至った」のである。
10日閉幕した主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、採択が危ぶまれていた首脳宣言が初日の討議の途中に発表されるという異例の展開で、日本政府も対応に追われた。
「我々のチームの懸命な努力と皆さんの協力のおかげで、首脳宣言で合意に到達することができたという良いニュースがたった今入った」
9日午後3時半(日本時間同日午後7時)ごろ、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」や健康などを討議する会合の冒頭、インドのモディ首相は突然、首脳宣言が採択されたと宣言した。
毎日新聞より
まあ、早い話がだまし討ちだ。
G20首脳宣言を「救った」グローバルサウス 妥協引き出した舞台裏
2023年9月10日 20時00分
インドの首都ニューデリーで開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)は、9日に首脳宣言を採択した。しかし、開幕直前まで、ウクライナ情勢にまつわる文言をめぐり、G7(主要7カ国)などの欧米諸国とロシア・中国の溝は埋まっていなかった。首脳会議を決裂の危機から救ったのは、メンバー国のうち「グローバルサウス」と呼ばれる国々だった。
「私が言いたいのは、(宣言採択に)非常に重要な役割を果たしたのは新興国だった、ということだ」。9日午後、記者会見した議長国インドの外務省高官はそう述べて「ブラジル、南アフリカ、インドネシアと緊密に協力した」ことを明かした。
朝日新聞より
インドの立ち位置は昔から支那と対峙するためにロシアとの関係を深めるというモノで、このスタンスは支那にとってはインドとの戦いは二正面作戦になるという恐怖がある。
実際に、ロシア製の兵器を大量に保有して運用しているし、対ロシア制裁にも加わってはいない。
インド、ロシア産石油輸入が10倍に 欧米が制裁科すなかで買い支え
2023年2月21日 12時00分
ウクライナに侵攻を続けるロシアとの貿易を、インドが活発化させている。欧米などはロシア産石油の取引などに制裁を科しているが、インドなどが買い支えている構図だ。
朝日新聞より
それ故に、ロシアを一方的に非難するという立場には相容れないわけだ。それが分かっていつつも、西側諸国としてはインドでのG20首脳会談で対ロシア非難の文言を織り込ませる積もりだった。
だが、インドと同じようにロシア製の兵器を買い、ロシアから資金援助を受けていたグローバルサウス(ブラジル、南アフリカ、インドネシア)の国々の約束を取り付けて、更に日本を蚊帳の外に置きながらも直接避難する宣言は採択しなかった。
「バランスが採れている」「ハラショー」
お陰でロシアは大満足である。
G20首脳宣言、ロシア「バランス取れている」と称賛
2023年9月10日午後 4:14
ロシアは、ウクライナ戦争で自国を直接非難することを避けた20カ国・地域(G20)首脳宣言を「バランスが取れている」と称賛した。インタファクス通信が伝えた。
ロシアのG20シェルパ(首脳の個人代表)を務めるスべトラーナ・ルカシュ氏は「ウクライナ問題では非常に難しい交渉があった」としつつ、BRICSブラジル(、ロシア、インド、中国、南アフリカ)諸国やパートナーの集団的立場が機能したと語った。
ロイターより
この宣言についてロシアだけでなく、西側諸国の構成員達もそれなりに満足していたらしい。
ドイツのショルツ首相は、ロシアのウクライナ侵攻に対する明確な立場を示したとして宣言を歓迎。英国のスナク首相も「好ましく、力強い成果だ」と述べた。
ロイターより
アメリカはどうなんだろうね。ハッキリした発言をしたというニュースは見かけないが、強いメッセージを出すほどではなかったようだ。
G20首脳宣言、ロシアへの名指し非難避ける…ウクライナ報道官批判「誇れるものは何もない」
2023/09/11 11:09
~~略~~
ウクライナ外務省報道官は9日、SNSで「G20はロシアのウクライナ侵略に関し誇れるものは何もない」と批判した。首脳宣言の文言を赤ペンで添削した画像も添えた。
讀賣新聞より
一方、ウクライナにとっては良い首脳宣言ではなかったようだ。
まあ、G20に参加していないウクライナにとっては、外から何か言うしかないんだけど、インドにとってウクライナの状況に関して何か言うことはないんだろうね。
日本は蚊帳の外だったか
ただ、この首脳宣言に日本は積極的に関わることが出来なかったようだと報じられている。
モディ氏の発言の真偽を確かめると、外務省幹部は「発言を聞いていないので知らない。少なくとも、私がここに来るまではまとまっていなかった」と驚いた表情で話した。
ある交渉関係者は「首脳声明に合意したなんて一切聞いていない。対外発信の前に、(G20メンバーである)我々には知らせてほしい」と話した。そして一言、「驚いた。ちょっとふざけるなという感じだ」とこぼした。
毎日新聞より
とはいえ、毎日新聞しかこの記事を書いていないところを見ると、この話が本当かどうかはちょっと怪しい。
少なくとも、事前の交渉に関われなかったというところまでは本当の可能性はあるが、首脳宣言は「全会一致での採択」が基本。これの合意が得られて採択に漕ぎ着けたという事実を考えると、おそらくは最終的には宣言の内容を飲んだということになる。
事前の交渉が出来なかったという意味で、日本側が怒りの声を上げた可能性はあるが、果たして外交の場においてこんな寝言が許されるのかはちょっと分からない。
何故ならば、外交交渉は結局属人的な部分が強い。インドとの信頼関係が築いてあれば、こんなことにならない訳で。
少なくとも、表向きはイギリスやドイツは歓迎したコメントを出しているわけで、アメリカのコメントは見当たらなかったけれどもおそらくは反対ではなかった。
そうなると、果たして日本が蚊帳の外だったかという点は怪しいし、本当に蚊帳の外だったのであれば、それこそ「外交の岸田(笑)」だったと言えよう。
ウクライナは蚊帳の外
一方で、ウクライナはその場に関わることは出来なかった。だから外から文句を言っているという構図である。
昨年のG20サミットに招かれたウクライナは、今年は参加していない。今回の共同宣言については批判的な反応を示している。
ウクライナの外務省はソーシャルメディアで、「ロシアのウクライナに対する侵略行為に関して、G20が誇れることは何もない」と指摘した。
ウクライナ政府にとって、ロシアの「侵略」への言及がなくなったのは厳しい状況だ。この戦争の位置づけをめぐり、いわゆる「グローバルサウス(世界の南側に偏っている途上国)」との論争に西側諸国が敗れつつある表れだと、ウクライナとしては受け止めざるを得ない。
BBCより
最早、ウクライナは「可哀想な国」と言うだけでは、特別扱いして貰えなくなっているという意味だろう。
モディ首相はまた、アフリカ連合(AU)をG20の常任メンバーにすると発表した。
インド政府は、開催国の基盤としてこれらの国々の声を高めることを優先した。そして近い将来、アジアとアフリカ全域での影響力をめぐって中国と争うことになる中で、この戦略的選択から報酬を得ようとしている。
BBCより
一方で、アフリカ連合はG20に加わるという話にまでなっており、G21となるかは知らないけれども、プレイヤーとして台頭してくることは間違いあるまい。
そうだとすると、ウクライナが求められているのは、受けた支援の「お返し」が出来ることだろう。ウクライナを助けることでのメリットを「釣り合わなくなってきた」と感じて来ている国が多いのだ。
一方で、アフリカ連合には地下資源が豊富にあり、これから消費が爆発的に期待される国々を抱えている。紛争も相当抱えているんだけどね。
そんなわけで、決議に関与できたアフリカ連合と、関与できなかったウクライナという構図になったと言える。
「経済回廊」と「自由と繁栄の弧」
さて、今回、アメリカは「経済回廊」というメリットを得られたと報じられている。
アメリカ インドなど 新たな「経済回廊」に向けて合意
2023年9月10日 10時24分
G20サミットにあわせてアメリカのバイデン大統領とインドのモディ首相らが、インドと中東、ヨーロッパを結ぶ新たな「経済回廊」の実現に向けて合意しました。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する狙いがあるとみられます。
NHKニュースより
この経済協力は、失敗してしまった「一帯一路」構想に対抗するものだとされていて、支那にしてみれば嫌らしい感じはすると思う。
バイデン大統領は「歴史的な合意を発表できることを誇りに思う。貿易やクリーンなエネルギーの輸出が容易になり、中東の安定や繁栄に貢献するだろう」と述べ、意義を強調しました。
ホワイトハウスの高官によりますと、今後、関係国は実現に向けて資金調達の仕組みなどをつくるということです。
NHKニュースより
中身はよく分からないが、少なくともバイデン氏はニッコリ。「経済回廊」はインドと中東、それにヨーロッパを鉄道や航路などで結ぶものと言うことになっているので、おそらくはここに投資をするという構想なのだと思う。
インフラ整備にお金を出す代わりに、アメリカやヨーロッパも関与させてねと言うプランなのだが、一帯一路構想の方が程度の悪い闇金融的な存在になってしまったことで、アメリカの口出しできる余地が生まれたということだろう。
ただ、この構想は麻生氏が推進していた「自由と繁栄の弧」構想に随分と似ているように思える。
「自由と繁栄の弧」をつくる
平成18年11月30日
日本国際問題研究所は、3年先、2009年の12月に、発足50周年の節目を迎えると伺いました。1959年にできたということでありますが、ちょうど私など、大学の1年坊主だった頃です。なにぶん遊ぶのに多忙を極めておりましたせいか、吉田茂が何をしておりましたか、週末になる度大磯で会っておりました子供の時分よりも、逆にわからなくなっておりました。
ああそうか、祖父さん、国問研を作ったのはあの頃か、と、今回は認識を新たにさせていただきました次第です。
さて皆さん、本日は「価値の外交」という言葉と、「自由と繁栄の弧」という言葉。どちらも新機軸、新造語でありますが、この2つをどうか、覚えてお帰りになってください。
外務省のサイトより
引用したのは麻生氏のスピーチ内容なので、概要が分かりにくいのだが、要は日本をスタートして東南アジア、インド、中東、EUを結んだ弧を経済回廊と機能するように発展させていこうという考えで、この先に「自由で開かれたインド太平洋(FIOP)」という戦略がある。この構想にはアフリカ連合が入っていないのだけれど、おそらくはバイデン氏提案の経済回廊にはアフリカ諸国も加えたいという認識になっているはずだ。
一帯一路構想の上書きを狙う
実際のところ、「自由と繁栄の弧」を上書きするように一帯一路構想がぶち上げられたのが2013年。アジア開発銀行(ADB)に対抗して作られたアジアインフラ投資銀行(AIIB)が2017年。どちらもパッとしない感じではあるが、実際の計画として動き出している分、「自由と繁栄の弧」よりはマシだろう。
そして、新たに出てきた「経済回廊」の話なんだけど、一帯一路構想を上書きするような構想である。そして、これが実現できるためにはやっぱり大国のパワーが必要なんだろうと思う。
伊首相、一帯一路の離脱を中国首相に伝達 米報道
2023/9/11 09:03
米ブルームバーグ通信は10日、イタリアのメローニ首相がインドの首都ニューデリーで中国の李強首相と9日に会談した際、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する意向を伝えたと報じた。
産経新聞より
実際、一帯一路からイタリアが外れる運びとなったようだ。パワーバランスが反映している感じがするね。
ただ、ここに関与出来ないとしたら、日本は何のための外交かという話になるわけで。毎日新聞の記事を何処まで信用するかはちょっと考え物ではあるが、あんな話があったとすれば、外交力の無さを物語っているわけで。
岸田氏には是非ともここで踏ん張って欲しいところだね。もし、今回、こういった場面でプレイヤーとして活躍していたとしたら、寧ろ頑張ってそれを報道するべきだろう。
インドのモディ氏は老獪で、外交面でもインドのアドバンテージを得られるような立ち回りをしているように思える。岸田氏にも、存在感を示して欲しいね。
コメント
今回の内閣改造では、外務大臣を派閥・縁故採用せず、実力主義で選ぶべきでしょう。
随分前のことですが、↓のような話もありましたね。
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20211219-OYT1T50286/?from=yhd&ref=yahoo
林外相は、岸田さんの中ではどういう評価なんでしょう?
1年経ってもスパッと交代させなかったので、『合格!』『大変よくできました🌸』
なんでしょう……か?
ご紹介の記事覚えておりましたが、林氏とは一蓮托生じゃないかな?と思っています。
おそらくは、岸田氏と外交方針が一致しているんでしょう。
それが国益に繋がるのか?という懸念はあるんですけど。
ロシアはそもそもインドにとって最大の武器供給国ですからね
この両国には中印のような領土問題もありませんし、ロシアは天然ガスを安く売ってくれるし、インドにとってロシアと対立する理由は何もないわけですね。
インドの国益を考えると、まあ、当然の選択なのでしょう。
こんにちは。
船頭が多けりゃ船は山を登るし、参加者が多けりゃ会議は踊る。
騙し討ちでもなんでも、統一見解を発表するにこぎつけたインド……バートラのスタッフの手腕はお見事としか。
恐らく、政府として異議申し立てがないから、宣言自体は事後承諾でも(日本を含む)全ての国がOK出しているのでしょう。
G20はプレイヤーが多すぎて死に体ですから、モディ首相はうまくやったと思います(内政へのアピール要素が強いと聞きましたが)。
※既に死に体のG20にアフリカが加わると、もう完全に機能不全ですね。
インドはしたたかですよね。
中国の「外交上手」はその実、弱いもの相手に威張り散らしてふんぞり返るだけ、逆襲されるとめっぽう弱いのがバレてきてますから、やはりインドの方が格上かと。
※その意味で、ヒマラヤ周辺地域の帰属問題とか、(最近知ったのですが)「未確定国境線」とか、向こう20年くらいのスパンでケリがつくと世界史と地理の教科書が捗りますね。
こんにちは。
イン……バートラ(慣れない……)の外交手腕は見事と言うしか。
国益を確保しつつ、参加国の利益を最大限尊重するという。実に老獪な手腕ですね。