反撃能力は幻想なのか?東京新聞が垂れ流す妄想がヒドい

報道

読む価値もない記事だとは思うが、余りに酷いのでちょっと突っ込みを。

「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換…相手を脅して抑止するのは「幻想」

2022年11月23日 06時00分

自衛隊と米軍が今月、3万6000人を投入して実施した大規模共同演習「キーン・ソード23」。精密誘導弾などの実弾射撃を行い、長射程化で敵基地攻撃能力への転用を念頭に置く「12式地対艦ミサイル」発射準備の手順も確認した。見据えるのは、台湾侵攻も辞さずに軍拡に突き進む中国だ。

東京新聞より

似たような記事は、前にも書いたね。

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防衛力の強化は必須だが、方向性が大切

欠陥ロジック

彼らのロジックはこうだ。

  1. 自衛隊は支那の軍拡に対応する名目で敵基地攻撃能力獲得を狙っている
  2. それを念頭においたのが大規模共同演習「キーン・ソード23」だ
  3. 日本の大原則は憲法9条と専守防衛だ → 既に破綻した原則
  4. だが、敵基地攻撃能力は抑止力になるのだろうか → それだけでは有効性が低い
  5. 東大教授も無理だって言ってる → 後述するが言ってはいない
  6. それどころか軍拡競争を過熱する → 過熱要因にはならない
  7. その方針はかえって国民の命を危険に晒すことにはならないか → あまり関係無い

うーん、頭が沸いている!(矢印より右側は僕の感想である)

沖縄県知事のアホな発言にも突っ込みを入れたが、パヨクのロジックは大抵いつも同じだ。ザックリ言うと、それは日本の防衛力を貶める事が平和に繋がるという宗教的理念である。

が、そのロジックが破綻していることは、その概要を読めば分かる。

専守防衛は幻想

具体的には、3番目に来ている「大原則」が間違っている事が問題なのである。「専守防衛」は画餅、幻想・妄想の類だと言うことにそろそろ気が付かないのだろうか?

議論するためには、先ずは全てを疑わねばならないが、パヨクはこの点だけはどうしても疑ってはならない宗教的な価値観であるという風に考えている節があるのだ。

良くも悪くも、憲法9条の理念は破綻していて、そこを先ず認めねばならない。現実に立ち返れば、国家として相応の防衛力を保有する事は避けられず、その防衛力の中には集団安全保障体制を含まねばならない。

そもそも「専守防衛」とはどのような意味があるのだろうか。

これが東京新聞の掲げる「専守防衛」の考え方らしい。

しかし、日本国憲法が国連憲章の許す範囲の防衛力の保持を想定しているのであれば、専守防衛には敵基地の攻撃能力を含む。

例えば、何でも良いのだけれど、武道の大会があって、そうだなぁ、剣道の大会があったとしよう。相手に撃ち込まずして勝つことが出来るのか?といえば、否。恐らくは攻撃を仕掛けないというだけで反則負けは確実である。柔道でも、恐らく似たような反則負けになる。

パヨクの考え方に従えば、「争いはいけない」ので、「大会に出ない」という選択をするか、試合前に話し合いをして戦いを止めようという事になるだろうが、それでは試合に参加する意味がない。

国際社会の一員として参加している以上、二国間での戦争が始まればそこに参加するか、支援するか、無視するか、という決断を迫られる。無視をすれば、「そういう国だ」というレッテルを貼られ、当事者になった時にしっぺ返しを喰らう立場になるのは避けられない。

更に、武道の大会の参加資格は無くなる。

もちろん、戦争は無い方が良いし、武器だって無い方が良いに決まっている。が、それは理想論で、現実には世界中のあちこちで紛争が発生し、戦争に至っている。専守防衛の考え方だと、紛争レベルに対応することはギリギリで可能だが、戦争に至ってしまうと対応不能だ。

何故なら、現代の戦いは一国同士が対峙して、他の国は傍観者になるというケースは滅多に見ない。複雑に絡んだ国際関係がある以上は、戦争が始まれば少なからず当事者になる。だからこその集団的自衛権という考え方が出てくるし、国防を語る上では極めて大切な考え方となるのだ。専守防衛を掲げていては、現代の戦いに対応出来ない。

元々の専守防衛の理念は、集団的自衛権の行使を否定するものでは無いし、いつ頃からか戦力に含まれるものは何でもダメという主張がなされるようになった。が、東京新聞などのパヨク的思想だと、この認識が先ず狂っているので、それ以降の議論は聞くに値しない。

先ずありきは、国家として国民の生命と財産を守る事であり、その実現手段として軍事力の保有がある。ところが、彼らのロジックは先ず最初に憲法9条があって、そこから戦力不保持まで行ってしまう。議論にならない。

敵基地攻撃能力は機能するか

では、敵基地攻撃能力を保有すると言うことの意味はどう言うことだろうか?

東京新聞は、このロジックを補強するために、大学教授のコメントを引用している。ところがこの引用の仕方も随分と杜撰である。

敵基地攻撃能力は本当に抑止力になるのか。安全保障に詳しい東大大学院の遠藤乾教授は「抑止は基本的に威嚇して脅すこと。相手が脅威を認識しないと成り立たない」と解説。ミサイルが移動式の車両や潜水艦から発射される現代は標的を正確に把握しづらく、司令部も強固な地下施設などで破壊は難しいため、「(戦闘機の飛行を妨げようと)滑走路に通常弾頭のミサイルを撃っても1日で修復される。1000発持っても相手の攻撃意図をくじく能力になるのか」と疑問視する。

東京新聞「「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換」より

この東大大学院教授の遠藤乾氏は、立ち位置的には左派に属するようだけれども、著書を読む限りはそれなりに真っ当な議論が出来る方のようだ。

実際に、指摘している点は間違いではないだろう。

ただ、遠藤氏の主張は、「だからこそ相手が脅威を認識する打撃力を保有すべき」という風に繋がる。防衛予算を減らせとは言わないのだ。

そのうえで力説したのが、抑止のような「あやふやなもの」ではない「きちんと機能する防衛力の整備」だった。手痛い打撃を相手に与える能力の整備にこそ、貴重な資源を振り向けるべきだと指摘。陸上自衛隊などを大幅に再編し、米海兵隊との連動性を高めて、南西諸島防衛を強化することを例示した。

日本記者クラブのサイトより

軍事的合理性と政治的理性の両立が遠藤氏の持論なので、長距離ミサイルの配備は軍事的合理性に欠けるという判断なのだろう。

中途半端な軍事力強化は防衛力のプラスとならないという意味なんだろうな。東京新聞の記事の流れとは随分と違うけれども。

軍拡競争の過熱も懸念する。「日本が攻撃能力を持てば、相手はそれを上回る破壊的な攻撃力を持つエスカレーションの階段を上っていく」と明言し、「相手を脅して抑止するのは幻想だ。攻撃力が自分たちへの刃になる」と語る。

東京新聞「「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換」より

東京新聞の切り取ったこの部分、これも随分と恣意的である。日本記者クラブでの演説動画があるので、一応紹介しておく。1時間半の動画なので、見るのはちょっと大変だけれども、かなり真っ当な話をされている。

遠藤氏によれば、前線で噛みついて嫌がらせをするべきで、スタンドオフミサイルのような遠方からの攻撃では不十分だと。スタンドオフミサイルの議論の出発点は核抑止であり、相互確証破壊が前提となる。が、相互確証破壊の議論は成り立たない危うさを持っていて、そこまでの脅威がないスタンドオフミサイルの攻撃では全く足りないという主張である。

そこから、きちんとした防衛力の整備が必要で、スタンドオフミサイルを1000発用意するというのは合理性に欠けるという話に繋がる。軍事拡張自体は否定していないのである。リスクコミニュケーションをしっかりしなさいと言う事まで含んで、合理性を突き詰めよというわけだ。

余談だが、動画の後半で共同通信記者が、「台湾有事に巻き込まれる!」「安倍政権の平和安全法制によって高まった」という表現をした時に、「(言っている意味が分からない)」と返事に窮したシーンがあった。真面目に学問していている方には、理解出来ないロジックなのだろう。

東京新聞の切り取り方だと、全く逆の議論に聞こえてしまう。

専守防衛の信頼低下で他国の不安をかき立てる

更に酷いのはその後に繋げられた石田氏の話である。

東大の石田淳教授(国際政治学)は「専守防衛という長年の宣言政策の信頼が低下し、他国の不安をかき立てる」と警鐘を鳴らす。日本と中国や北朝鮮は近接し、ミサイルに対応する時間は限られる。「何かあったらすぐに日本もミサイルを撃たなければならず、誤認による偶発戦争も起こり得る。それが怖い」と危ぶんだ。

東京新聞「「反撃能力」の名の下に安保政策を大転換」より

この方も東京大学の教授なのだが、研究分野は国際政治学で、日本平和学会の理事をやられている人物である。が、この方も実際のインタビューなどを見てみると、軍拡事態を否定しているわけでは無い。

――そんな中で、9年前に初めてできた日本のNSSが年末に改定されようとしています。  

「世界的な軍拡の動きへの対応は必須ですが、だから日本も軍拡をという姿勢だけでは疑問です。各国が共存する国際社会において、中ロの一方的な現状変更は批判すべきですが、権力のみならず権限を持つ大国間の協調が秩序の維持には必要です。中ロと日米が軍拡競争を続ければ、国連安全保障理事会や、北朝鮮の核問題をめぐる6者協議のような枠組みは機能しません」  

――ただ、岸田内閣はNSS改定に向け防衛力強化を強調し、MDでは限界があるとして敵基地攻撃能力の保有を検討しています。  

「政府は戦後の抑制的な防衛政策の指針として『専守防衛』を掲げ、『憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略』で防衛力の保持も行使も必要最小限と説明してきました。しかし、密接な関係国への攻撃に対処する集団的自衛権の行使を認めた2014年の閣議決定や今回の防衛力強化でターニングポイントを迎えています」  

「ところが、今のNSSにある『平和国家』や『専守防衛』という言葉は改定後も残りそうです。非常に問題なのは、日本の姿勢を世界に示すNSSで、そうした憲法に関わる言葉がお題目になり、内実の変更をどう取り繕うかだけが政権の腕の見せどころという感じになっている。しかもそれが誰の目にも明らかで、果たして戦略と言えるのかということです」

yahoo!ニュース「「ウクライナ戦争が分水嶺になる」NSSめぐり石田・東大教授」より

インタビューの中身を斟酌すると、左派的なロジックが組み立てられているけれども、要はリスクコミニュケーションをしっかりしろと言う方向性の意味になっている。これは、遠藤氏の発想とも似ていて、結局のところは、やったらやり返すよという、しっかりとした姿勢を示せと言うことなのだろう。

……だが、ロシア軍のウクライナ侵攻をとってみても、独裁者に理屈は通用しない。リスクコミュニケーションと言っても、それは話が分かる相手、理性的な相手、ある程度共通の価値観を持った相手に通用する話なので、確かに「やられたらやり返す力を持っている」という風に力を示す事が重要だとは思うけれども、支那のように、「軍事力増強をしているのでは無い、綺麗な防衛力の強化である」と言って憚らない相手に、どれ程通用するのかという話だ。

やったらやり返すと言うことを、実力を持って分からせることと、エスカレーションラダーの議論は相容れない。

右派が「防衛力強化を」と声高に叫ぶ要因は、共産主義系独裁者とのコミュニケーションが信用出来ないという実績があるからだと、その様に思う訳だ。

そもそも、支那は「不安をかき立てられたから防衛力を強化」したわけではない。日本がGDP比1%枠というような寝言を言い続けている間、ずっと継続的にGDP比10%以上の費用を投じて、ひたすら軍拡を続けてきているのだ。ラダーがどうとか言うレベルの議論はこの点だけとりあげても破綻している様に思われる。

敵基地攻撃能力増強だけでは足りない

結局のところ、東京新聞は9条の精神を大切にして、最終的に武力を放棄しろという主張なのだが(憲法9条の精神とはそういう意味となる)、それは現実的では無いので、この記事ではそこまで言及していない。

そもそも防衛大綱の一部を貼っておくが、現状の自衛隊の防衛方針は、別に、敵基地攻撃能力だけ突出して増やそうという議論になっているわけではない。

広範にわたって整備する方針なので、もうちょっとポイントを絞る必要がある気はするんだけど、やる気があり方向性を決めているのは事実だろう。

ちなみに、この防衛大綱の策定に当たって、上述の遠藤乾氏の意見が参考にされていて、方向性が大きく違うというわけでは無かろうと思う。

https://www.cas.go.jp/jp/siryou/pdf/20220725_ikenkoukan_2.pdf

東京新聞は随分と周回遅れなのかも知れない。

コメント

  1. こんにちは。

    >彼らのロジックはこうだ。
    > 自衛隊は支那の軍拡に対応する名目で敵基地攻撃能力獲得を狙っている

    まずこの時点で「そもそも支那が軍拡するのが悪い」なのですが、そこはスルーですかそうですか……
    話になりませんよね。

    「一緒に酒飲んで話す」でも何でも良いので、「平和的に」大陸側各国の敵視政策を止めてくれたら、少しは東京新聞の話を聞いてあげても良いかと思ってます。

    ※大陸側には、半島の南北を含みます。

    • パヨクとの話は、一方通行なのでするだけ徒労なのだという風に感じます。
      結論ありきというのは厄介ですが、僕もそうならないように気をつけなければ。

      東京新聞は完全にアジビラのような感じになっちゃっていますから、そろそろ廃刊しても良いかも知れません。

  2. 白旗信仰。沖縄に限って言うなら、それで生き残った人も居るのだし、そんな信仰が根付いても仕方ないかな、とは思いますが。北海道だとどうでしょうねぇ…それ以前に、沖縄でも生き残れなかった人々は…山梔子(って、こう書くんですね。くちなし。)か…

    • 反撃能力を持つと、イロイロ不都合な事がある方が多いのでしょう。
      それにしたって、白旗を揚げたら「自分が」生き残れるのだ、という発想はどうなんでしょうね。
      守るものがあるのであれば、そういう安易な思考方法は止めた方が良いと思います。

      ……生き残ることが出来た方の成功体験ですか。アメリカ兵は未だ文明的な思考の持ち主が多かったようですが、支那兵はどうなんでしょうかね。ろくな話を聞きませんが。

      • そうですよね。相手が米軍だったのは幸運だったように思えます。
        中国軍とかロシア軍とかだったら何が起こったか想像するのもイヤですね。中朝連合軍なんかだと最悪な感じですね。

        おまけ
        これを読んだあなたが韓国、北朝鮮に関係しているならば、何故、こんな事を書かれるのか考えてください。答えは、韓国政府、北朝鮮政府の発表、マスコミの記事の中にあります。

      • 相手がソ連(しかも降伏後に)だった北方は現にどうなったか。は、なかなか学校では教えたがらないところですしね…不思議な事に。

      • そうですね。
        学校の授業で見かけることはないでしょう。
        子供たちにもちょっと話を聞きましたが、「知らない」と。この辺りの歴史は、良い部分も悪い部分も、大体、そんな感じのようですが。
        なかなかハードな歴史ではありますが、近現代史を疎かにするのは、良いことではないと思うのですけどね。