憲法9条改正について

防衛政策

過去にも何度か言及しているので、「今更」なのだが、「今こそ」と、主張しておきたい。

9条改正、自衛隊明記「賛成」が51% 朝日新聞世論調査

2022年7月18日 18時03分

朝日新聞社は16、17日に全国世論調査(電話)を実施した。岸田政権のもとで、憲法9条を改正し、自衛隊の存在を明記することへの賛否を尋ねたところ、「賛成」51%が「反対」33%を上回った。

「朝日新聞」より

もはや、世論調査をすれば大半の人が憲法9条の在り方に疑問を呈する様になってきた。

スポンサーリンク
同カテゴリーの人気記事

この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

<同カテゴリーの人気記事>

スポンサーリンク

憲法9条には何が書かれるべきか

戦争を放棄しても侵略に対抗できない

そもそも有名な憲法9条だが、何が書かれているのだろうか?

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「e-Gov」より

かつては、「戦争の放棄?結構なことではないか」と、思う人が多かった。それは、学校の授業でもその様な教育をしたし、戦えば傷つく人が出てくるから戦うべきではないという意見が罷り通った時代があり、総じてメディアもその様な論調である。

ただ、そもそも「何故、戦争を放棄する必要があるのか」という疑問には誰も答えられない。

スゴイ記事だが、なんと日本共産党はウクライナに「9条教の教え」を説いていくつもりらしい。

主催者あいさつした安保破棄中央実行委員会の東森英男事務局長は、コロナ禍から国民の命を守る政策こそ必要であり、「大軍拡を阻止し、軍事費を暮らしに回すよう求めるたたかいを広げよう」と提起。ロシアによるウクライナへの軍事行動に「日本は憲法9条を生かし、平和的解決に力を尽くすべきだ」と述べました。

「しんぶん赤旗」より

違ったよ。何故、日本政府に対して9条を生かしてロシアによるウクライナへの軍事行動に対して平和的解決を求めているのか意味が分からない。

誰が説明してくれ。

まあ、日本共産党の主張が既に破綻していると言うことだけは明らかである。

即ち、戦争を放棄すると、日本がロシアに侵略された時に対抗する手段が無いことになる。抵抗せずに蹂躙されるしかないという。

抵抗するから侵略される

もはや時系列すら逆転している主張だが、ウクライナの惨状を見て「抵抗するから侵略される」などという人がいるからオドロキである。

みなさん、憲法九条の値打ちというのは、いま、世界でも見直されています。ハーグの一九九九年の世界市民平和会議では、各国の議会に「憲法九条のように戦争放棄宣言を採択すること」をよびかける「行動指針」がうちだされました。

昨年五月の国連ミレニアム・フォーラムでは、憲法九条を各国の憲法に取り入れようという議論がされました。

「日本共産党のサイト」より

9条スゲーな人々の頭の中はどうなっているのだろうか。

そもそも「戦争放棄宣言」というのは、自衛手段を持たないこととイコールなのか?という疑念が生じる。こうした考え方は「原子力発電所の即時廃炉」と似た構図となっている。

即ち、現時点で電力が足りず、既に建設されて運用が可能である原子炉の廃炉を訴えたところで、電力は産み出さないし安全性を向上させもしない。

彼らがやっているのは「思考停止」に他ならないのだ。まあ、宗教のようなものである。「9条を唱えればみんな幸せになれます」だ。

しかし、彼らが好きな国連憲章には、自衛手段の保有が謳われていて、寧ろ政府の責任として自衛手段を確保すべきであるとしている。世界の誰も「戦力放棄」が現実的なプランだとは考えていないのだ。

では何が書かれるべきか

冒頭に書かれたように自衛隊の存在を明記する事について、多くの国民が賛同している。一方で、侵略戦争を否定するという積もりで当初から法整備されているのだから、その辺りをしっかりと書いていけば良いと思う。

そもそも、9条1項もかなり意味不明な条文になっている。

主語が「日本国民」というところから意味が分からない。日本国民が戦争を放棄するという条文構成になっているのだが、「国権の発動たる戦争」を日本国民が放棄し、「武力による威嚇又は武力の行使」も放棄するという。

だが、本来、国軍は政府が保有することになっていて、日本国民がどうこうというのは、おかしな話。8条までが天皇陛下周りの規定になっていて、9条でいきなり戦争放棄であるから、出てくる順番も宜しく無いだろう。

そうすると、完全に削除してしまうというのも一案ではあるが、そうだとすると自衛隊の事が憲法に書かれないというおかしな事になってしまう。まさにその点が改正の動機でもあるだけに、書かないという選択肢は無いと思う。

そうだとすると、このブログではこんな改正案を提案したい。

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国際社会と連携してこれを実現する

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、侵略戦争の目的として保持しない。ただし、自衛の手段としてはこの限りでない。

「本ブログの私案」

拙い案ではあるが、シンプルで良いのである。

まあ、様々な方が様々な意見を述べて良いと思うが、早くこの条文を変えてしまう必要があることだけは確かである。岸田政権は避けて通るべきではないのだ。

コメント

  1. こんにちは。

    「戦争を放棄する」
    この言葉、一見凄い崇高なこと言っているようでいて、実はまったく意味が分からないという……

    そも「戦争」とは何を指すか、の定義がまったく共有されていない。
    「戦争」というのが、ものすごく広義であって、その大部分は「大規模な戦闘状態が継続中」である事を示す、と言う程度が一般的な認識でしょうけれど。
    「戦争=武力による他国への侵略行為」であれば、定義は明確なのですが。
    「侵略された側の、防衛のための戦闘行為=戦争」であるなら、要するに「攻められたら抵抗せずに死ね」と同義ですから>「戦争の放棄」

    便利な言葉なんで(そっちの人たちは)みんな使いますし、頭の悪い大衆は「エラい人が要っているから間違っていないだろう」で聞いてしまう、というある意味の認識バイアスがかかっている典型例でもあるかと思います。

    ただ、ウクライナのおかげで「同盟国であったはずなのに、突然武力で攻め込まれ虐殺される」事態が起こりうる認識がだんだん共有され(まだ完全ではない)、理不尽な武力には武力を持って対抗する以外に方法が無い(それを諫めるべき国連常任理事国が侵略の張本人)という理不尽も共有されてきてますから、改憲への意識転換もむべなるか、とは思います。

    とはいえ、だからといって「武装強化に倍プッシュだ!」では国民は着いてこないですから、「戦争できる国」とかいう「汚い造語」を払拭するために、「自衛出来る国」みたいな言葉を広めていくのが肝心かな、と考えるところです。

    ※尖閣竹島北方領土、国土領海防衛には倍プッシュじゃ利かないし、武力じゃなくて外交力こそが試されるシチュエーションでもある、と言うのも忘れてはならないとも思っております。

    • ウクライナの実態を、ロシアが悪いのではなくって「ウクライナ政府の人権蹂躙のせいである」などと、今そこに起こっている現実を歪める人々がいるのだから、信じられませんね。
      現実を直視したくない人達が沢山いるのですかね。

      目を背けても、解決しないんですが。

      そういう意味では、全会一致で憲法改正というのは、相当困難なのでしょう。