【巨星墜つ】石原慎太郎氏亡くなる

日本ニュース

東京都知事としても存在感を発揮した政治家の訃報が伝えられた。

作家の石原慎太郎氏が死去 元東京都知事、元運輸相

2022/2/1 13:59

作家、元東京都知事で元衆院議員の石原慎太郎(いしはら・しんたろう)氏が1日、死去した。89歳だった。神戸市出身。

「産経新聞」より

先ずは、謹んで哀悼の意を表します。

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この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

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影響力のある政治家

小説家であり政治家でもあった

故石原氏の経歴についてはこのブログで改めて言及するまでもないと思う。

小説家としては「太陽の季節」や「「NO」と言える日本」といった著書、映画監督としても「狂った果実」「俺は、君のためにこそ死ににいく」など、数々の作品を残している。

作品について賛否はあると思うが、インパクトのある作品であった事は間違い無いだろう。

そして、選挙へ出馬。昭和43年(1968年)の第8回参議院議員選挙で初当選して自民党員となり、衆議院議員に鞍替え(昭和47年:1972年)して青嵐会を結成(昭和48年:1973年)。

48年に中川一郎氏らと「青嵐(せいらん)会」を結成し、58年には中川氏自殺を受けて派閥を率いた。平成元年、海部俊樹氏に対抗して党総裁選に出馬した。衆院8期目の7年、国会議員在職25年表彰を受けた衆院本会議で「全ての政党、ほとんどの政治家は最も利己的で卑しい保身の目的のためにしか働いていない」と永田町を厳しく批判し、議員辞職した。

「産経新聞」より

故中川一郎氏との縁もあったようだが、中川一郎氏、中川昭一氏と、親子二代にわたって自殺した(注:中川一郎氏、中川昭一氏の何れの死因についても疑念があるようだが、警察は他殺の線を否定している)事を考えても、タカ派の右翼でいるというのはなかなか胆力が必要となるのだろう。石原慎太郎氏は、胆力という意味でもまさに政治家というべき人物であったと思う。

ただし、放言も多かったようで、良くも悪くも話題に事欠かない人物であった。

台湾メディアでも取り上げられる

台湾と支那でそれぞれ速報が出たようだが、支那の話は脇に置いておこう。

石原慎太郎氏死去、中国と台湾でも速報。扱いは真逆に

2022年02月01日 15時14分 JST

東京都知事や運輸相などを務めた石原慎太郎氏が2月1日、死去したと報道があった。このニュースは中国と台湾でも速報されたが、真逆の扱いとなった。

~~略~~

台湾のアップルデイリーも死去を速報。「友台人士(台湾に友好的な人物)として知られ、故・李登輝元総統のよき友人だった」と紹介した。また、1999年11月に、李登輝氏の招きに応じて、大地震の被害にあった台湾を訪れた過去などにも触れた。

「ハフィントンポスト」より

外国で訃報が速報で流れるということが、偉大な政治家であった事を物語っている。一時代を作った人物であったことは間違いがなかろう。

そうそう、NHKが経歴について詳細に説明していたのでリンクだけ貼っておく。

石原慎太郎氏が死去 89歳 東京都知事や運輸相など歴任 | NHKニュース
【NHK】東京都知事や運輸大臣などを務め、芥川賞作家としても知られる石原慎太郎氏が、1日午前、東京都内の自宅で亡くなりました。89…

余りに有名な政治家であったため、これ以上言を労する必要があるかどうかは疑問ではあるが、確かな国家観があった人物であり、惜しい人物を亡くしたのだと思う。

追記

自民党議員よ、覚醒せよ。

……声は届かないんだろうね。

コメント

  1. 木霊さん、おはようございます。

    さっそく支那・南朝鮮が「極右政治家」とかレッテル貼って、故人を貶める報道しているようだが、そんなピント外れなんでスルーでいいし、石原氏は純なほど保守主義者を貫いてきただけ。
    自主憲法制定・アメリカであっても大国の言いなりにならず、日本国の自主独立をひたすら説きシンプルな政治信条は最後までブレなかった。

    石原氏の盟友で応援団であった故江藤淳氏が「無意識過剰」と評したのが、石原氏の政治姿勢・発言の的を突いていると感慨深く想い起しました。
    物議を呼んだ数々の発言も「無意識過剰」だったからこそでしょう。

    圧倒的知名度が示す通り国政選挙も都知事戦も圧勝してきましたから、国民の支持は保守の象徴として高かった稀有な政治家でしたね。

    数々の発言の中で僕は15年ほど前ですか、「支那の軍隊など日本の自衛隊の敵じゃない」と言い切ったのに、現在の支那の武力による覇権主義をどう思ってらしたのか聞きたかったです。

    心から哀悼の意を表します。

    • 晩年は相当苦労なさったようですけれど、その功績はとても1つの記事では紹介しきれないほどです。
      特に、そうした支持があったからこそ、尖閣諸島を東京都が購入すると言ったときに多くのお金が集まったのだと思います。
      その後の知事が、これを活用できたという話を聞かないのですが、アレはどうなったんでしょうかねぇ。

      • >晩年は相当苦労なさったようですけれど、その功績はとても1つの記事では紹介しきれないほどです。

        政治家&文筆家(=ジャーナリスト)として是非はともかく多くの話題を提供されましたね。
        最後のケチの着き始めは維新の正体を見極め切れず、あの橋下氏と迎合しちゃった事じゃないかな。

        三島由紀夫氏・中川一郎氏・中川昭一氏・江藤淳氏...、影響力のある盟友がことごとく自決・自死という不運に見舞われたのも大きな痛手だっと推察します。

        故田中角栄氏の金権・派閥に反発して青嵐会の象徴的存在となりましたが、「無意識過剰」なんでサル山の大ボス猿となる気はサラサラなかったのでしょう。
        激しい権力闘争にはやや及び腰だった様な気もします。-残念-

        >特に、そうした支持があったからこそ、尖閣諸島を東京都が購入すると言ったときに多くのお金が集まったのだと思います。
        >その後の知事が、これを活用できたという話を聞かないのですが、アレはどうなったんでしょうかねぇ。

        ビビッてアタフタして野田政権が国有化して以降、自民党政権でも未だに国として守り抜く姿勢は見えませんね。
        安倍元首相以降も「触らぬ神に祟りなし」って支那寄りの政策ですから、石原氏の強権と寄付金をバックにした民意を最も恐れ、支那に忖度したのが今のだらしない現状を生んだのでしょう。