「黒い雨」訴訟と菅義偉氏の談話

政策

この話は結構ヤバいと思う。

首相「法の理念で救済」 「黒い雨」訴訟で上告断念

2021/7/26 16:31

菅義偉(すが・よしひで)首相は26日、広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」をめぐる訴訟で、1審に続き原告全員に被爆者健康手帳を交付するよう命じた広島高裁判決について「84人の原告については被爆者援護法の理念に立ち返る中で救済すべきだと考えた。上告はしないこととした」と述べた。官邸で記者団の質問に答えた。首相は同日午後5時から広島県の湯崎英彦知事、広島市の松井一実市長と官邸で面会し、意向を伝える。

「産経新聞」より

色々と面倒な部分はあるが、被害者ビジネスも絡んでくる可能性がある。

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この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

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上告断念を選択した政府

そもそも「黒い雨」訴訟とは何か

この話の一番のキモは「被曝者健康手帳」とその保障の厚さにある。

本筋としては、アメリカの行ったジェノサイドの一環なのだから、アメリカが補償して欲しいところだ。が、日本は講話条約でその権利を放棄しているので、日本政府が一律対応する事が必要である。

広島、長崎における原子力爆弾被曝者対策もその一環である。

原子爆弾被爆者対策
原子爆弾被爆者対策について紹介しています。

現時点で、全国13万6682人の被曝者(被爆者健康手帳所持者)が存在するが、ここに新たな被曝者を追加するかどうかということが争点なのである。

何しろ、被曝者健康手帳を持っていれば、一般疾病に対する医療の給付と認定疾病に対する医療の給付という2つの制度によって、例外を除いた治療費は国の負担となる。この事は非常に大きな意味を持つ。

認定範囲の狭さ

さて、裁判で争われていたのは、放射性物質を含む「黒い雨」が降ったとされる範囲である。

讀賣新聞作成の地図を示しておくが、原爆投下当時の「被曝地域」と「大雨地域」の2つの地域にいた方に対して被曝者健康手帳が交付されている。

国は被爆者援護法で「被爆者」を4類型に分類。爆心地の半径約5キロを「被爆地域」とし、▽原爆投下時に被爆地域にいた人(1号被爆者)▽投下2週間以内に爆心地近くに入った人(2号)▽爆心地から離れていたが、放射能の影響を受けるような事情にあった人(3号)▽被爆者の胎児だった人(4号)――に当てはまれば、被爆者健康手帳を与え、がんなど11の病気になった場合は手当を支給している。

「讀賣新聞”「黒い雨」訴訟、控訴審判決は14日…区域外 被爆者認定が焦点”」より

しかし、それ以外の地域に住んでいた住民も被爆の被害を受けたというのが、今回の裁判の趣旨であり、だから補償すべきだ、保障して欲しいというのが原告の訴えなのである。

現在の認定区域は、当時の気象技師の調査などに基づき、爆心地の北西部に1時間以上降った「大雨地域」(南北19km、東西11km)と1時間未満の「小雨地域」(南北29km、東西15km)だとして、認定されている。この地域で「黒い雨が降った」としたのである。

しかし、裁判所は判決で、この降雨地域は不適当であるという判断と、そもそも雨が降っていなくても汚染された水や食品を体内に取り込んだ「内部被曝」による可能性を示唆している。

どこで線を引くか

この話、実際に被曝したかどうかを決定することは極めて難しく、それ故に範囲を決定してその範囲内の方を対象とした保障制度を作りましょうという、そういった経緯を辿っている。

しかし、この区域内に住んでいた人でも、全く健康に問題無い人もいるわけで、本当にそれが原爆症であるか否かを認定することは極めて難しい。

したがって、科学的根拠に基づいて何処かに線を引かざるを得ないのだが、それが正しいかどうかは誰も判断が出来ないという事に問題の本質がある。

控訴審は今年2月、第2回口頭弁論で結審した。1審に続き、▽黒い雨に放射性物質は含まれていたか▽原告らは3号被爆者に当たるか▽内部被曝で健康被害が出るかどうか――が争点になる。

「讀賣新聞”「黒い雨」訴訟、控訴審判決は14日…区域外 被爆者認定が焦点”」より

結局、国が上告を断念したことで、原告には被曝者健康手帳が公布されることに決まった。もちろん、原爆投下から長い時間が経っているとは言え、それが原因で長期間苦しんできた患者がいるのであれば、救済されるべきである。

しかし、一律給付という事になると、本来は被曝者健康手帳を必要としない人に対してお金を使う事になりかねない訳で、現実問題としてこのさじ加減はとても難しい。

裁判の内容の問題

今回の談話で菅義偉氏は、結構乱暴な認定が行われた広島高裁の判断は、妥当ではない部分もあると言及しつつ、しかし必要な保障はされるべきだという立場を示した。

その結果、今回の訴訟における原告の皆さまについては、原子爆弾による健康被害の特殊性にかんがみ、国の責任において援護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って、その救済を図るべきであると考えるに至り、上告を行わないこととしました。

皆さま、相当な高齢であられ、さまざまな病気も抱えておられます。そうした中で、一審、二審を通じた事実認定を踏まえれば、一定の合理的根拠に基づいて、被爆者と認定することは可能であると判断いたしました。

「時事通信”菅首相談話全文 黒い雨訴訟”」より

裁判所は「何でも良いから被曝者を認定すべき、というかなり乱暴なロジックを使っている。流石にそれは政府としても飲めないのだ。

今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、「黒い雨」や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれないものであり、政府としては容認できるものではありません。

「時事通信”菅首相談話全文 黒い雨訴訟”」より

この点について菅義偉氏はきちんと指摘している。

例えば内部被曝だが、広くこの概念を適用した場合によっては広島近海で採れた魚介類を継続的に食べたから「被曝した」というロジックを用いる事ができる。そうすると、瀬戸内海周辺に住む方々にまで対象が広がるというリスクがあるが、果たしてそれが魚介類に起因しているかは証明不能である。

ふっちゃけ、税金で賄われる保障を「広げたくない」というのは国の本音なのだろうが、本当に救済されるべき方が救済されていないとしたらそれは確かに問題だ。

だからこそ、「一定の合理的根拠」を捻り出して、それに沿った方に被曝者健康手帳を発行するというスタンスを採用したようだ。単純に言えば「もうちょっと枠を広げましょう」と言うことだね。何しろ、被害者も高齢となって訴訟が永く続けば救うべき人が「居なくなってしまう」などという事態になりかねない。

本来は公平に救済されるべきだが

原理原則を言えば、被害者は全て救済されるべきである。

しかし、国にも国民にも本当の意味での被害者が誰かを知る術はない。だから、菅義偉氏は現段階で「一定の合理的根拠」で線引きをするよとアナウンスしたのである。今までの基準より緩和するのは間違いなさそうだが、原告団全てを含んだ上で、合理性のありそうな基準は出せるのだろうか?

例えば、原爆症の方がかかることで知られている白血病。

しかし、白血病患者は全国で1万3789人(2016年データ)で、年々増加傾向にあるようだ。白血病は60歳を超えると患者数が急増するのだが、果たしてこうした患者は被曝したからなのか、そうでないのかはどこで線を引けば良いだろうか?

ちょっと前に、当時の記録に基づいたシミュレーションをやるとか言う話があったのだけれど、それも何処かに立ち消えてしまった。まあ、「一定の合理性」という所に引っかかっちゃったんだろうな。

多分、政府は科学者や医師に意見を求めるのだろうけれど、万人が納得するような枠組みというのは本当に難しい。どんな基準を出しても不満は残ってしまうからね。

単純に設定範囲を広げて多数の被曝者健康手帳を出してしまう事が、果たして良い事なのかどうか。今さら手厚い保障の一部を見直すことも難しいだろう。

被曝二世は救済されるべきか

また、訴えを起こした方々の他にも、「被曝二世」と呼ばれる人がいるようだ。

「親が被爆者だから自分も…」健康問題に直面する“被爆二世” 国の支援も十分でなく【長崎発】
「被爆二世」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「被爆二世」とは、両親または親のどちらかが原爆の被爆者であり、その親が「長崎」で被爆していた場合は1946年6月4日以降に生まれた子どもを指す。その数は、30万人から50万人とも言われている。二世たちは、原爆の放射線は次の世代にも影響するのではないかと、ずっと健康面での...

当時の状況を考えれば、こうした方々も被曝のリスクを抱えていた可能性は否定できないが、被曝したからといっても後年発覚した癌や血液の病気などが被曝したことと関係あるかは、誰にも証明が出来ない。

統計的に、広島や長崎に癌患者が多いという地域差が存在すればそういった可能性を認定できるのかも知れないが、そういった傾向は見られないようだ。

もう少し詳しく分析したらそういった偏りが出てくる可能性もあるのだろうが、今のところそうしたデータを知らないので何とも言えない。

冒頭で「結構ヤバい」と書いたのは、こうした線引きの難しさがあって、この問題は解決しづらい性格をもっている。これに限らず、公害や災害補償といった面でもトラブルは付きものなんだけど、原爆絡みの話は特に左派の温床となっている実情があるだけに、慎重な対応が必要である。

とはいえ、菅義偉氏が上告断念の政治判断をしたことで報われる方がいるのも事実ではあるのだが、いや、そうなんだけど今後どうなるのかはやっぱり不安ではある。

そんな訳で、困った話にならなければ良いのだけれど。

追記

いつも拝見している晴川雨読さんの所の記事で、毎日新聞が面白い社説を書いていたということを紹介していたよ。

「科学振りかざすな」毎日新聞バージョン
毎日新聞の『「黒い雨」上告断念 幅広く被害救済する道を』は、『朝日「科学振りかざすな」 SNSで敗北する人たち(新宿会計士さんの記事)』の毎日新聞バージョンで…

あーあー、毎日サンは流石ですな。

「黒い雨」上告断念 幅広く被害救済する道を

2021/7/27

広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害を巡り、原告の住民全員を被爆者と認めた広島高裁判決について、国は上告しない方針を決めた。

これまで「科学的知見」を口実にして被爆者の認定範囲を限定してきた。上告断念で、被害実態に基づく救済に向けてようやく動き出すことになる。

「毎日新聞」より

味わい深い……。

科学を投げ捨てろ!か。

公平な被害者救済を求めてはいないんだねぇ、毎日新聞は。

コメント

  1. >被害者ビジネスも絡んでくる可能性がある。
    もろ、被害者ビジネスだと思います。

    原告の1例です。
    被爆時4歳・平成21年に高血圧(被爆6か月以内の症状無し)

    常識的に本当に原爆症ですか?って疑いたくなる症例です。
    https://seisenudoku.seesaa.net/article/black_rain_editorial_diff.html

    白血病の話が書いてあったので、それ繋がりで、おバカな医者を紹介します。
    玄海原発との距離と白血病死亡率が負比例の関係にあるから、玄海原発が原因だ!
    と言っています。
    もし玄海原発が原因なら、距離の二乗の反比例になるはずですけどね。
    https://seisenudoku.seesaa.net/article/478561386.html

    • 大前提として、真の被害者が救済されるべきなのは当然なのですが、広島、長崎と行政をあげてそんな傾向の強い地域になっていますから、困りものです。
      本当に原爆症の方々を救済するためには、有象無象のおかしな連中を排除しないといけません。一般社会から隔絶した世界になってしまうのが被害者救済を取り巻く社会の現実だと思います。個人的にボランディア活動に従事したことがあるのですが、「やってもらって当たり前」という環境はお互いにとって宜しくないと思いますよ。

      玄海原発の界隈でもおかしな判決がぽろぽろと出ていて問題ですよね。原爆や原子力発電関連でおかしな判決が出てしまうのは、この国の病気みたいなものかもしれませんね。