文在寅氏、領土主張でやらかす

大韓民国

軽めのネタを1つ。

日本の自民党が「朝鮮王国伝道の島は独島じゃない」と主張し出す

記事入力2021.06.18。午前10:18

ムン・ジェイン大統領がスペインの上院図書館に所蔵された「朝鮮王国伝道」について「独島が韓国の領土であることを示して飼料」と明らかにしたことについて、日本政府与党内で反論が提起された。

「NAVER」より

G7でイギリスを訪れたついでに、スペインを訪問しているムン君。スペインの上院図書館を訪れて古い地図を見つけて大興奮しちゃった。

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流石、外交の天才

その地図の島は竹島じゃ無い

スペインが大航海時代に沢山の地図を作ったことは知られているが、その一部が上院図書館に保管されていたようだ。

「貴重な資料ニダ」と感心しながら朝鮮半島を眺め……、ピコーン!「これ、独島ニダ!」とやらかしたムン君に物言いを付けたのが自民党外交部会だったようだ。

共同通信によると、17日に開かれた自民党外交部会では、文大統領がスペインの訪問中、朝鮮王国伝道を見て独島が韓国の領土であることを示した古地図との趣旨で発言したことについて「(地図)描かれた島は竹島(竹島・日本が主張する独島の名称)とは全く異なるもの」という反論が続いた。

「NAVER”日本の自民党が「朝鮮王国伝道の島は独島じゃない」と主張し出す”」より

なるほど、余計な事しかしない大統領だな。

問題の地図がこれ。

スペインの上院図書館が所蔵している朝鮮王国伝道は18世紀のフランスの地理学者であり地図製作者であるジャンバプティスト呼ぶミニョンダンビルが発刊した「新中国地図帖」に含まれている。

「NAVER”日本の自民党が「朝鮮王国伝道の島は独島じゃない」と主張し出す”」より

地図には、朝鮮半島の近くに島が描かれており、この名前を巡って、「于山島と千山島を混同したニダ!」と青瓦台が主張しているのだとか。

島の位置関係

ほのぼのニュースではあるが、地図には、2つの島に「Fang-ling-tao」と「Tchuan-chan-tao」と書かれている。「Fang-ling-tao」は鬱陵島のことであり、「Tchuan-chan-tao」は千山島のことだと韓国は主張していて、「千山島こそ独島ニダ」というロジックらしい。

なお、スペインはこれを支那の土地だとして紹介しているようだ。

竹島と近接地の距離(韓国、島根県等から竹島までの距離を示している)

では位置関係はどうかというと、韓国の主張に従うと、鬱陵島のほうが日本側に位置し、竹島は韓国側に位置していることが分かる。実際と配置関係が逆なのである。

そして、スペインの地図と実際の位置関係も離れすぎだ。

これと関連し、自民党内の「領土に関する特別委員会」の新藤義孝委員長は、外交部会で「地図を見れば分かるだろうが、全く別のもの」とし「これを竹島と喜んでいる。韓国の常套手段だ」と主張しした。

「NAVER”日本の自民党が「朝鮮王国伝道の島は独島じゃない」と主張し出す”」より

自民党の新藤氏が噛みつくのも無理は無い。

「新増東国輿地勝覧八道総図」(写し)(国立公文書館所蔵

コレは日本の外務省のサイトの説明であるが、この地図も于山島が韓国寄りに書かれている。『新増東国輿地勝覧』と呼ばれる地図で、韓国はこれを元に「独島は我が国の領土ニダ」とやっているのだが、無理にも程がある。

では、この「于山島」の正体は?というと、日本側の解釈では「存在しない島」という形で結論づけているようだ。

一方、航海技術の未熟な時代に鬱陵島が2つの島だと勘違いしていたという説もあるようだが、こちらの説は日本政府は採用していない。韓国の文献や支那の文献では「于山島」が書かれたり、書かれなかったりしているからだ。

少々無理がある主張には思えるが、韓国の位置が逆転していたという主張よりはマシだろう。

それより問題なのは、韓国の所有する地図とスペインの地図が「同じ間違いをしていた」ことと、スペインは支那の領土と認識している方だろう。そこへの突っ込みは良いのだろうか??

少なくとも、「独島を示す貴重な資料だ」と発表しちゃうのは、マズイだろう。

追記

朝鮮日報がコレの関連記事を書いていたので追記しておきたい。

鬱陵島近くの「チアンチャンタオ」は独島

記事入力 : 2021/06/21 08:55

文在寅(ムン・ジェイン)大統領が今月16日、スペイン・マドリードの上院図書館で閲覧した「朝鮮王国全図」に描かれていた島は独島で間違いないのか。文大統領が地図を見て、「独島が韓国の領土であることを示す重要な史料だ」と述べたことについて、日本の自民党からは17日、「竹島(日本による独島に対する呼称)は全く異なるものであり、韓国の常套手段だ」とする反論が出た。

「朝鮮日報」より

これた朝鮮日報が示している地図だが、どう考えても不自然である。

このような地図は複数あるらしく、スペイン国内だけでなく、韓国内の博物館にも保管されているのだとか。

地図を作成したのは、フランスの地理学者ジャン・バティスト・ブルギニュン・ダンビルという人物らしい。

地図上の独島は韓国東海岸に隣接しており、鬱陵島の東側ではなく西側に描かれている上、「チアンチャンタオ(Tchian-chan tao)」という見慣れない名前で表記されている。ただ、専門家はこの島が「独島」で間違いないと説明する。フランスの地理学者ジャン・バティスト・ブルギニュン・ダンビルが1737年に製作したこの地図は独島の研究者にはよく知られた史料であり、スペイン上院図書館に所蔵されているものだけでなく、韓国の博物館にも現存している。

「朝鮮日報」より

調べても、ジャン・バティスト・ブルギニュン・ダンビルなる人物について詳細なことが分からなかった。が、Jean-Baptiste Du Halde(ジャン=バティスト・デュ・アルド)という人物が、「中華帝国と中華韃靼の地理・歴史・年代・政治・事物の記述」全4巻を発行して、その第1巻にジャン・バティスト・ブルギニュン・ダンビルによる地図を用いたと説明している。

ジャン=バティスト・デュ・アルドは、清の康熙帝の許しを受けて清にいる宣教師に測量させて地図を作ったようだ。

ただ、このデュ・アルドは、支那にそうとう傾倒していたらしく、支那について批判的な文章を削除して、支那が「理想郷である」が如くの本を作ったそうだ。これは当時のヨーロッパでの需要に応えた側面もあるようだ。

何れにしても、1735年頃、この支那についての文献を作成するにあたり、その属国だった朝鮮半島のこの島についての記述をそこまで重視していなかった可能性は高い。

問題の地図は近代的な測量が行われる以前に作成されたものであり、既存の史料にかなり依存している。「世宗(セジョン)実録地理志」「新増東国輿地勝覧」など朝鮮の地理書に基づき、朝鮮の地図が製作され、それに基づき、中国の「皇輿全覧図」(1717)が製作され、それに基づき、ダンビルが「朝鮮王国全図」を描いた。

「朝鮮日報」より

そのため、ここに記載のあるように朝鮮半島に関係する地理書に基づいて地図を作成したという。

世宗実録地理志には鬱陵島に関する記載があったようで、「新増東国輿地勝覧」には「于山島」と「鬱陵島」についての地図があるという。

これである。

つまるところ、スペインの地図はこれが元になって作られているので、大元の資料がコレである限りはスペインの地図に根拠を求めるのはオカシイだろう。

その過程で独島の旧名である「于山島」が文字の似た「千山島」「干山島」と誤って転写されるケースがあった。「朝鮮王国全図」の「チアンチャンタオ」は「千山島」を中国語読みしたものだ。当時の朝鮮の地理書には「于山島が鬱陵島とは遠くない」と記述しているだけで、方向情報には触れていないため、17世紀までは于山島が鬱陵島の西側や南北の朝鮮本土の陸地に近く描かれることがあった。国立中央図書館のイ・ギボン学芸研究士は「日本側の反応は古地図に対する基本的な理解がないためだ」と指摘した。

「朝鮮日報」より

朝鮮日報の記載に関してはこの様な内容なのだが、当時の測量技術は未発達で島の位置について誤って報告されるケースが多かった。

例えば、1787年、フランスの探検家ラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ・ド・ガローは航海中に鬱陵島を「発見」して、「ダジュレー(Dagelet)島」と名付けた。。1789年にはイギリスの探検家ジェイムズ・コルネットも鬱陵島を「発見」し「アルゴノート(Argonaut)島」と名付けている。

コレが同一の島と報告されれば良かったのに、ラ・ペルーズとコルネットが測定した鬱陵島の経緯度には測量ミスにともなうズレがあって、ヨーロッパでは別の島であると認識されてしまった。

1735年の「中華帝国と中華韃靼の地理・歴史・年代・政治・事物の記述」にも2島あると認識されていたのだから、こうした話はさほど不思議ではない。

日本側の資料でも竹島が松島となったり、鬱陵島が竹島となったり、記載が不安定である。

こういったことに気が付いた明治政府は、綿密な調査を経た上で明治13年:1905年に島根県に竹島を編入している。この際に朝鮮半島から文句が出る事は無かった。

したがって、韓国が「日本側の反応は古地図に対する基本的な理解が無い」などと言及しているが、韓国こそ古地図に対する基本的な理解が無いと思われる。

コメント

  1. 木霊さん、おはようございます。

    300~400年の間に島が動いたのだ...? トップがこんなんだと、ひょっとしたらそんな事も言い出しかねませんねェ~。
    というか、現代の地図で竹島の正確な位置を本当に見たことがあるのか疑っちゃいますよ。

    そして、それをこぞって記事に竹島を歴史的に自国領土と煽るマスコミも「こりゃおかしい」と判っていて、無知な蛮族で感情で動く国民を欺けると莫迦にしてるのでしょうかね。

    不思議なのはスペインは支那の領土の一部と表現しているのですから、清が李氏朝鮮を属国ではなく国の一地方としている事実になる事に矛盾を感じていない点です。
    これでは朝鮮半島と近海の島嶼も清国となりますから、南朝鮮が主張している竹島自国領という主張自体が歴史的捏造って証左って話になります。

    たぶん「自家撞着」っていう言葉が難し過ぎて、お粗末な脳ミソでは理解できないのでしょうけどね。(冷笑)

    • まあ、竹島の話は、韓国側の主張がかなり無理があるのに対して、日本側の主張に隙がないかというとそうでも無い気はします。
      追記させて頂きましたが、鬱陵島2島説というのは一定の理がある様にも思えますが、ご都合主義的な理解が含まれている気もします。鬱陵島2島説を採ると、竹島は朝鮮半島側から認識されていなかったという事になります。その事が理に合うかどうかと言うことですね。

      一目瞭然な話であれば、良かったんですけどねぇ。

      古来、支那は「国」という概念が希薄で、中華思想は中心に皇帝がいて、周辺地域に影響力を及ぼしているという考え方でした。
      したがって、鬱陵島について「支那の領土のように記載されている」というのは朝鮮半島が属国であれば、それは当然の帰結という事になります。
      清国の領土であった、とも言い難いのですが、支配地域ではあったのでしょう。一方で、韓国の支配地域だったかというと、これはちょっと怪しいようです。結果的には日本と挑戦とで共同管理するような状態が続いたようで、日露戦争の後に日本領となり、サンフランシスコ平和条約にて鬱陵島に関しては所有権を放棄しました。しかし、竹島に関してはそうではなかった。
      韓国は鬱陵島はそれなりに重視していましたが、竹島はそもそも領土的な意味において重視していませんでした。その後に気が変わって軍事的に占領してしまったことも、その事の裏返しといえるのかも知れません。
      そこが問題をややこしくしているとも言えるのでしょう。何れにしても、そう簡単に解決する話ではありませんよね。