今国会で提出されたLGBT法案は未熟な法案だ

政策

東京新聞がLGBT法案が今国会での提出を断念したことについて嘆いていた。

自民に大幅譲歩したのに自民がつぶすLGBT法案 保守派の抵抗激しく…今国会の提出断念

2021年6月1日 06時00分

超党派で合意したLGBTなど性的少数者の課題に関する「理解増進法案」は、自民党内で「差別は許されない」との表現への了承が得られず、今国会への提出が見送られることになった。法案には、職場や学校などでの性的少数者の差別解消に実効性を持たせるための具体策は盛り込まれず、さらなる法整備に向けた入り口となるはずだった。自民党の保守派の一部議員がかたくなで、スタート地点さえ遠のいている。

「東京新聞」より

僕にはどうにもこの手の話に対する違和感を拭えない。頭が古いと言われればそれまでだが、多くのケースでこうした動きは「政治的な動き」であるし、そうでなくともマイノリティーの暴論になりかねない話となるからだ。

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この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

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差別を無くすための法案なのか?

LGBT、LGBTQって何?

昨今言われ始めたLGBTやLGBTQだが、先ずは何なのか?を理解するところから始めたい。

LGBTQとは
TOKYO RAINBOW PRIDE : TRP
LGBTと人権 : アムネスティ日本 AMNESTY
LGBTとは、L(レズビアン=女性同性愛者)、G(ゲイ=男性同性愛者)、B(バイセクシュアル=両性愛者)、T(トランスジェンダー=生まれたときの法的(生物学的)・社会的性別とは一致しない、または囚われない生き方を選ぶ人などを表現する包括的な言葉。一般的に性同一性障害も含む)の総称です。「性的少数者」「性的マイノリティ」...

ちょっと香ばしい感じ(偏見)もするが、LGBTなどを掲げているサイトのリンクを貼っておいた。理解を補強するためにはこうしたサイトからの情報収集も必要だろう。

L:Lesbian レズビアン : 女性同性愛者

G:Gay ゲイ : 男性同性愛者

B:Bisexual バイセクシャル : 両性愛者

T:Transgender トランスジェンダー : 性自認が出生時と異なる人

Q:Queer、Questioning クイア、クエスチョニング : 何処に属するのか分からない、決めたくない人

これらの頭文字をとってLGBTとかLGBTQなどと言われるのだが、定義がまず定まっていないところが問題に感じる。

しかしアンケートをとってみると、日本国内において3%~10%もいるというのだから驚きだ。アンケートの結果は信用していないが。

彼らにとって何が問題なのか

さて、近年こうした問題が取り上げられている理由は、こういった性的指向が差別に繋がるという点が指摘され始めた事によるようだ。

世界の多くの地域で、LGBTであることは正しいことではなく、間違いとみなされており、同性愛は罪、病気、イデオロギーの逸脱または文化への裏切りであると考えられています。

LBGTの人びとは、宗教・文化・道徳または公衆衛生を理由に、政府あるいは個人からの激しい攻撃に直面しています。これらの暴力・差別に共通しているのは、社会に浸透している無知と偏見、暴力を容認している公認の差別と抑圧、そして暴力を持続させる免責です。

「アムネスティのサイト」より

なるほど、1割もLGBTQが存在するのであれば一定の配慮が必要だという社会的な合意が必要なのかも知れない。アンケートの結果の信憑性はともかく、事実であれば手当が必要なのだろうね。

少なくともそれを理由に「差別はいけない」という理念そのものは理解はする。

しかし現実問題として何が改善されたら、彼らにとって幸せなのだろうか?「差別無いこと」というのは、概念的には分かる、しかし、「差別」の定義は「本人が差別と感じたら差別なんだ」という事になってくると、内心の問題を他者に求めるという事になってしまう。

LGBTの人々に対する人権侵害?

その事例

さて、問題をもう少しクリアにする為に、「差別」の一例とされているものを示していこう。

全ての人間は、世界人権宣言に記されている全ての人権を享受できるはずです。 しかし、世界中で何百万もの人びとが、性的指向または性自認を理由に、死刑、拘禁、拷問、暴力そして差別に直面しています。

その一例:

・ レズビアンの女性を「治療する」という目的で、時には親の命令によって、 女性が強かんされること
・ 私的で合意に基づく関係が社会的危険因子であるとみなされ、 それが理由で告訴されること
・ 子どもの養育権の喪失
・ 警官による殴打
・ 路上で襲撃され、時に殺され、「ヘイトクライム(異なる集団に対する偏見・差別による犯罪)」の 犠牲者になること
・ 常に言葉による虐待を受けること
・ 学校でのいじめ
・ 雇用、居住もしくは医療サービスの拒否
・ 虐待から何とか逃れようとする際の亡命拒否
・ 拘禁中に強かんや拷問を受けること
・ LGBTの人権を求める活動に対する脅迫
・ 自殺に追いやられること
・ 国家による処刑

「アムネスティのサイト」より

一通り眺めてみたが、いくつかの例外を除いてマジョリティ(性的指向の特殊なマイノリティーの大局にいる存在)に当たるとされる方々にとっても何らかの犯罪行為に当たる。万人に対して犯罪行為にあたる事に、更に手厚くする必要があるのかはよく分からない。

LGBTに根差す問題だとしているものの、「死刑、拘禁、拷問、暴力」は何れも犯罪だ。そこに新たに網をかける必要は無いのでは?

この問題はLGBT固有の問題なのだろうか。

差別をどう扱うのか

では「差別」は?

法案では「差別は許されない」という文言を使おうとしたようだが、コレについては批判もあったようで、自民党保守派の反対に遭った模様。

差別は許されないというのは倫理的な問題であって、法的問題として取り扱うときには非常に注意すべきだと思う。

そして、その保護されるべき主体がLGBTだというのだが、前述した通り「自認」に寄る部分が大きい。だとすると、注意していたとしても知らぬ間に法を犯している状況を作りうるリスクを孕む。

そもそも「人権侵害そのもの」を取り締まることが出来ない

人権蹂躙或いは人権侵害という概念は、本来的には憲法の保障する人権を国家が侵害することをいう。例えば、正当な理由もしくは手続なしに個人の自由を奪ったり刑罰を与えたりすることを指す。具体的には、適正手続(デュー・プロセス・オブ・ロー)の保障(日本国憲法第31条)、令状主義(同33条)に基かずに個人の自由を奪う別件逮捕が人権侵害にあたるとしている。

場合によっては個人情報漏洩に関しても問題視されるが、近年コレも法制化されている。

ただ、近年、立場の違いに根差す人権侵害がクローズアップされる。或いは同じ立場の間に生じる人権侵害と呼ばれるモノが問題視されている。いわゆる私人間での差別である。

その一例として労使の間での差別は、強い立場から弱い立場の人に圧力を加えることそのものが問題視されるようになった。労使間の問題は、ある程度法的に整理されているが。

LGBT問題はその延長線上にある話だと感じる。

これまでも「人権そのもの」を保護するのではなく、権利の集合体という形で理解し、個人に与えられた個別の権利を保護することで、その個人の人権を守るという方針で法律が作られてきた。

その理由は「人権そのもの」は特定し難いからだ。

したがって、個別の事例に基づいて必要な権利を守るようにすることで、結果的にその個人の人権を守る形になっている。時代によって「人権」に含められる概念が変化するので、後追いで法律を作る形となってもそうせざるを得ない。

不十分であろうが、そうせざるを得ない理由があるのだ。

LGBTQを括って法律を作って良いのか?

性的指向、性的自認に根差す問題

「定義が定まっていない」とは、そこに問題が孕んでいるという意味でもある。

例えば、先日こんな事件があった。この事例はTとQに関連すると思われる事案である。

「気持ちが女性なので…」女装して女子トイレに入った男性教員、これまで学校では”性自認”の問題に悩む姿なし

2021年06月02日(水)09時16分 更新

5月29日、札幌市豊平区の大型書店の女子トイレに正統な理由がないのに侵入したとして、56歳の男が逮捕されました。男は女装していて「気持ちが女性なので、女子トイレに入った」などと話していましたが、その後、札幌市内の学校の教員であることがわかりました。勤務していた学校では”性自認”の問題で悩む姿などは全く見せていませんでした。

「HBC」より

女子トイレに入ったくらいで逮捕されるとは気の毒なことだが、逮捕された状況が「出たり入ったりしているところを目撃され」って、明らかに怪しい。

況してや女装していたって……。

問題なのは、この男性の性的自認が女性であるかどうか外からは誰も判断できないことなのだ。

男性が拘束された理由は、「怪しいから」というのではなく「万引などの疑いがある」という嫌疑で任意同行が求められたようで、同日中に釈放されたと報じられている。女装していただけ、女子トイレに入っただけでは罪に問えないからね。或いは迷惑条例などに抵触する可能性はあるが、実際に他人に迷惑をかけたという事実が確認されなければそれも罪に問われないだろう。

これは、「自認」と「自称」や「カンチガイ」に線引きする方法は今のところ見つかっていないことも関係しているだろう。場合によっては「性的指向」ではなく「性的嗜好」ではないかと、その様に感じる事もあるのだ。誰がそこに線を引くのだろうか?

生物の根幹に根差す忌避感の存在

そもそも「自分はレズである」、「ゲイ」であるという「自認」というのは一体誰が保証してくれるのだろうか?あ、ここでは話しをややこしくしないように、ひとまずBTQは除外して考えていく。

現実問題として、カミングアウトすることでしか「性自認」を外から認識できない。そして、「多分そうだろう」と認定するためには、その個人のプライバシーに踏み込まねばならない。

また、僕自身は、人間という生物がその存在に根差した忌避感まで禁じてはいけないと思う。

レズにしてもゲイにしても、そうで無い方が「キモチワルイ」と感じるのは生物的な本能に根差すものだとされている。

同性愛の話から少し離れるが、例えば近親相姦という問題がある。

近親相姦は忌避される傾向にあるが、こうした忌避感は、人間の「種を保存する」という生存本能に根差すといわれている。人類は経験的に外部から遺伝子を取り込むことで子孫繁栄に繋がることを知っていて、だからこそ子孫を残す可能性のない組み合わせに違和感を感じてしまう。

そしてこれが生物的に生存本能に根差す問題で、意識的に近親者との交配を避ける傾向にあるという。尤も、こうした解説は「説」の域を出ない。誰も立証できず、反証も難しいからだ。

ついでに言えば、性的指向というのであればロリ、ショタといった指向にも忌避感が向けられているが擁護論は見たことが無い。何処で線が引かれたのだろう?それは本当に正しいことなのだろうか?

思想信条の範囲内では問題とはならない

しかし、異性を好きになろうと同性を好きになろうと、近親者を好きになろうと、少年、幼女趣味であろうと、個人の感情である。感情が外部に発露されない限りは問題とはならない。

だが、残念ながらこの手の話は、それが思想の外に出さねば実現され得ぬことである。

恋愛にせよ結婚にせよ両者の(結婚の場合は両性の)合意に基づく必要がある。他者があってのことである。

具体的に言えば、ゲイが他の男性を「好きになる」のは自由だが、相手が「それを受け入れるか否か」はまた別だ。性的指向を他人に押し付ける権利は誰にもないのだから。

そして、仮に合意を得てパートナーが成立したとして、その家族や将来的に子供を迎えた場合にはその子をも苦しめることになる。特殊性:マイノリティーというのはどのような形であれ世間に受け入れがたいというのが実情なのである。

それは未知なるモノ、自分に理解出来ぬモノへの恐怖に根差す感情である。社会の考え方が変わったら、果たしてそれは受け入れられるようになるのだろうか?

僕自身はその特殊性を克服してパートナーとなる人を否定する気はない。しかしそれを「許容しろ」と回りに迫ることに違和感を拭えない。

今回のLGBT法案も、他者に自分の思想を、嗜好を、指向を受け入れろと迫る話となりかねない。思想信条の自由が無制限に認められるべきだと主張する気はないが、他者と折り合いを付けて暮らしていく社会において、一方の主張だけ認めろというのはなかなか難しい。

忌避感は無くし難い

そして、LGBTQに関しても近親相姦に関しても、それ以外についても、外に出ない範囲では法律で罪に問われることはない。

近親相姦はなぜいけない?意外と説明できないタブーの正体

2017.5.29 5:00

古来、インセスト=近親相姦は人間の根源的な禁忌行為だった。しかし、起源にはさまざまな説があり、実ははっきりと分かっていない。

「DIAMOND Online」より

この記事は近親相姦について切り込んでいて興味深かったのだが、近親相姦についても一定の確率で障害を持つ子供が生まれる傾向にあるとはされていても、一代でそういった事例に結びつくことはまず無いことにも触れている。

新たな遺伝子の獲得説よりも、記事内で指摘されている点が興味深い。

「レヴィ=ストロース先生は人間社会を女性(結婚)、財貨(経済)、情報(言語コミュニケーション)という3つの交換のシステムとみなしました。人間は交換する動物であり、交換のシステムが社会である。そこで、もっとも高価な交換品が女性。近親の女性で性行為を済ませて満足してしまうと、交換ができず、他のコミュニティーとの交流が途絶えてしまう。それが社会を停滞させ、社会が成り立たなくなる。だから、“同類”間で女性を所有しないために、近親性交をタブーにしたというのです」

~~略~~

また、近親相姦の禁忌について最近、重要視されているのが1891年に人類学者のエドワード・ウェスターマークが提唱した「幼少の頃からきわめて親密に育った人々の間に、性交に対する生得的な嫌悪が存在する」という説だ。「ウェスターマーク効果」と言われている。

「DIAMOND Online”近親相姦はなぜいけない?意外と説明できないタブーの正体”」より

真面目に学問として近親相姦をタブーとする理由を追及する内容として興味深いが、理由は何であれ我々の意識にそうした近親相姦をタブー視する考え方が刷り込まれているのは事実だと理解できるね。

ところが、おかしな事に、LGBTに関しては「差別はいけない」という論調はあっても、近親相姦を擁護する発言は寡聞にして聞いたことが無い。

レズやゲイは特別なのか?

そういう意味で「性的指向を許容しろ」というのであれば、LG及びBTQだけを「許容する」ということに違和感を感じてしまう。

もう少し切り込むと、レズやゲイに忌避感を感じるのは、気を許す相手であると認定する同性から性的指向の目を向けられる事が「キモチワルイ」と感じるからである。まあ、「キモチワルイ」と頃まで行かずとも「マジかよ」と驚愕の表情を向けられる事請け合いである。

あるいは、そうした性的指向を持つ方であっても、社会的な同意が得られるようになれば、もうちょっとそうした感情が抑えられる可能性はある。故に、法的にも許容するという動きがあるというのは、立法事実があると認めるべきかもしれない。

レズやゲイといった性的指向を持つ方々にとって、「カミングアウト」はそうで無い方々にとって及びもつかない程のハードルが存在し、精神的にその事が辛い。だから、そのハードルを法律を作ることで低くしてあげよう、と。なるほど。

しかし、本当にそんなことでハードルは低くなるのだろうか?あまつさえ、罰則規定を設けて性的指向を理由にした差別を行った場合に罪を与えるとしたら、その刑量はいかなるものか。人の思考にまで踏み込んだ規定というのは、思想信条の自由を定めた憲法に違反しないのか?と、様々な難しい問題が噴出する。

理解できない部分

そして、更に理解できないのがバイセクシャルをここの枠に含めていることである。

レズやゲイは同性しか愛せないという性的指向なのだから、「仕方が無い」と許容するにして、両性共に愛せるのであれば、同性に対する意識は我慢して貰うわけにはいかないのだろうか??

同性だけしか愛せない人々、と、異性だけしか愛せない人々は、「指向性」の問題だから同列に扱ってあげよう、というロジックは分かる。

でも、バイセクシャルは「両性OK」だという。じゃあ、どの部分をどう保護すれば良いのか?

個人間で解決する話ではダメなのだろうか??

更に、トランスジェンダーは後回しにするとして、クイア、クエスチョニングは別の問題だ。性的指向はグラデーションなどと言われるのだとしたら、何処に線を引くべきなのか?LGBは性的指向だが、Qは言ってみれば論外だ。或いはグラデーションの薄い方々がQい含まれるのかも知れないが、では、本当にQまで囲って特別免責を与えるべきなのだろうか?

「性的指向に関係なく平等」という概念は分かる。でも、現実問題としては性差によって「分けねばならない」という事案は生じうるのだ。

更に、この枠を際限なく拡大すれば、異性だけに惹かれる方のほうがマイノリティーである可能性さえ出てくる。そうなったら、何のための法案なのか分からなくなる。

つまるところ、線引きが難しいところに法律を作って線を引いてしまおうというところが、そもそも問題だと思う訳だ。

トランスジェンダー特有の問題

実例を考えると悩ましいトランスジェンダー

カレン・ホワイト事件

LGBT問題のうち、トランスジェンダー問題を考える上でどうしても避けて通れない話がある。この「カレン・ホワイト事件」もそうした話の1つである。

トランスジェンダーの受刑者女性刑務所で性暴行:カレン・ホワイトのケース
イギリスでトランスジェンダーとして自らを女性だと主張し女性用刑務所に収監されていたカレン・ホワイトが収監中に他の女性受刑者2人に性暴行をはたらき、無期懲役の刑を受けました。

色々ショッキングな事件なのだが概要だけ書いておくと、「カレン・ホワイト」を名乗る男性が、幼少の頃から幾たびの性的犯罪を起こしていたが、あるとき、傷害事件を起こして刑務所に収監されることになった。

ところが、収監されるに当たって自らを「女性である」と主張したため、LGBT議論の渦中にあったイギリスは女性刑務所への収監を決めた。しかしその時点でカレンホワイトを名乗る人物は性転換手術や治療を行ってはいなかった。収監されて3ヶ月経ったある日、刑務所内で他の受刑者女性二人に性的暴行を加えた。

ディオン・”ストロベリー”・ハンプトン事件

もう1つ。

Trans prisoner moved to female prison after year-long court battle

28 DEC 2018

trans woman prisoner has been transferred to a female prison in Illinois after a year-long court battle.

trans woman prisoner has been transferred to a female prison in Illinois after a year-long court battle.

Deon ‘Strawberry’ Hampton described being treated like a ‘sex slave’ while housed in multiple in male penitentiaries over several years.

「gaystarnews」より

この事件はトランスジェンダーの女性(つまり男性として産まれた)が、男性用の刑務所に収監された結果、4年間の間、囚人や職員から身体的暴行(性的暴行)を受けたとされる事件で、裁判の末、女性刑務所に移送される事となったニュースだ。

この手の事件はそれほど特殊では無いようで、そう言えば映画「ショーシャンクの空に」でもコレを臭わすような描写があったね。尤も、主人公がトランスジェンダーというわけではないのだけれど。

このような事件があった一方で、女性シェルターからもトランスジェンダーと一緒に収監される事は困るといった訴えがあったようだ。

Conservative group sues to block trans women from using faith-based shelter
Alliance Defending Freedom invokes religious freedoms and privacy rights in an attempt to block trans women from the Alaskan shelter

刑務所案件を幾つか列挙したことは不適切であるとの指摘を受けるかも知れない。だが、実際に起こった事件を考慮しないで法律を作るというのは明らかな誤りだろう。

要は、一部のマイノリティーの権利を保護するために、マジョリティの人権を蹂躙するような結果になることは本末転倒なのである。

上の方で女性トイレの話を持ち出したが、「外見が女性」ではない人物と同じトイレの利用というのは生理的嫌悪感を催すという結果に繋がる。そういった場合、LGBT差別に繋がるのでそれを指摘することは阻害されてしまうのだろうか?

じゃあ、外見まで女性らしいトランスジェンダーならOKか?と、何処までも難しい議論となる。

法案の中身

目的から方向を見失っている

じゃあ、どのように保護する積もりなのか?その法案の中身を見ていこうか。「性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案」という、相変わらず長い名前の法案なのだが、先ずは法目的である。

 (目的)

第一条 この法律は、全ての国民が、その性的指向又は性自認にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する基本的な事項、行政機関等及び事業者における性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等のための措置等を定めることにより、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等を推進し、もって全ての国民が、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する豊かで活力ある社会の実現に資することを目的とする。

「衆議院のサイト」より

随分概念的な内容になっているが、「差別しないようにしましょうね」という概念法であるようだね。

実のところこの手の法案は2016年頃に提案されている。

「LGBT法案」が大きな反対もないのに進展しない理由
今年も、LGBTの一大イベントである「東京レインボープライド」が大盛況のうちに幕を閉じました。そうしたなか、通称「LGBT法案」と呼ばれる、性的少数者の人権に関する法律を作ろうという動きがあることをご存じでしょうか?法律をめぐる動きがなかなか進まず、混沌としていることもあり、全貌が見えづらい面がありますが、これまでの経...

与党と野党が提出したこの法案は、野党側の提出法案は流れとしては「人権擁護法案」と似たような構造であり、定義が曖昧なままに権力だけを付与した団体を誕生させようという誤った法案であった。一方の、自民党案は毒にも薬にもならないレベルの努力目標が掲げられたものだった。

ただし、「理解こそが侵害除去の第一歩である」という考えに立てば、実効性のある法案よりはマシだとも言える。

そして、理念法とするのであれば、罰則規定を定めていくことには問題があるだろう。

性的指向と性自認、性同一性を同列に扱うべきではない

さらに法律の中身を見ていこう、要は、性的指向に絡むLGの問題と、線引きなどの難しいBQ、そしてTを一緒に論じるべきではないというのが、まず僕の意見であることは上に示した通りだ。

条文ではこうなっている。

第四条 国民は、第一条に規定する社会を実現する上で性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等が重要であることに鑑み、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に寄与するよう努めなければならない。

「差別の解消などの推進」について努力目標を置くところまではまあ良いとして、実際に企業などにそれを求めるのは、性的指向と性自認に関して同じ法律で取り扱うことがそもそも難しく、何れも内心の問題に当たる以上、企業にとっては相当ハードルが高いだろう。

法律の細かいところに突っ込んでも仕方がないが、そういう面が散見される上に、罰則規定まで設けられている。

だが、スポーツジムのインストラクターなど、性差によって配置が決まる職種も少なからずあるわけで、接客業を中心としてこの法案が通ることによって問題が生じる業界は少なくないように思える。

「アウティング」は許されないが

もう1つ問題なのが、アウティングと呼ばれる行為である。

LGBTQにとって「カミングアウト」は、内心の問題である以上は切っても切り離せないし、それ以上に「アウティング」という行為が問題になる。「アウティング」とは、他者によって性的指向或いは性自認が暴露されるケースである。

例えば使用者にとって、雇用にあたって性的指向を開示されるケースと、開示されないケースがあるが、何れにしても本人が望まないのにその秘密を暴露することは許されないと、法規定されている。

第二十五条 協議会の事務に従事する者又は協議会の事務に従事していた者は、正当な理由なく、協議会の事務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。

この行為に対しては罰則規定も設けられている。

第三十八条 第二十五条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

なお、条文構成上「協議会」に関する規定である為、労使関係に波及してくる規定ではないのだが、労使関係においてもこの様に規定されている。

第十八条 使用者は、職場において行われる性的指向若しくは性自認に係る言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的指向若しくは性自認に係る言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

この条文に対して罰則規定は設けられていないが、実際には実害が生じれば損害賠償請求などの対象にはなり得よう。

本人の意に反してアウティングされてしまうのは論外なのは理解できる。

だが、性差が問題となる部署への配置をせざるを得ないケースで、本人の許可なく秘密を漏洩してはいけないというのは、他の従業員(用語としてはLGBTに対しストレートと言うらしい)に対する裏切りに繋がりかねない。

ストレートの中にLGBTを混ぜ、そこで問題が発生した場合に、ストレートの方々に罪を問うというのは、運用上無理があると思うのだ。

もちろんケースバイケースではあるが。

変質するLGBT運動

サヨクの「運動」に組み込まれたLGBT

法案の中身にも問題はあるが、そこを取り巻く環境にも様々な問題があると、僕は認識している。この問題で一番騒いでいるのは日本共産党だからだ。

今国会の成立目指す

2021年6月2日(水)

自民党は5月31日の役員会でLGBT法案の今国会への提出見送りを決定しました。これを受けて、超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」は同日夜、国会内で総会を開き、対応を協議。総会では自民党の決定に対する批判が各党議員から相次ぎ、参加議員全員が「今国会での成立を目指すべきだ」との意見を表明しました。

「しんぶん赤旗」より

未だに今国会で成立を目指していると「しんぶん赤旗」で報じている。

よほどこのLGBT法案に思い入れがあるのだろうね。

多様な性のあり方を認める社会どうつくる

2021年5月22日(土)

LGBT(性的マイノリティー)への差別解消をめざす法案をどのような中身にするのか、超党派の議員連盟で議論が行われ、このほど合意に達しました。日本共産党ジェンダー平等委員会責任者の倉林明子参院議員に、党の立場について聞きました。

「しんぶん赤旗」より

もちろん、「差別はいけない」という考えは否定されるものでは無いが、そもそも「何を守るのか」がハッキリしない法律を作ろうというのは、サヨクによって余程都合が良いのだろう。

自民党員も抵抗

ちなみに、自民党でも積極的にこの問題に突っ込んでいる方がいるようで。

LGBT法案めぐり稲田氏「成立させるのが自民党としての責任」

31日 16時25分 

LGBTの理解増進法案めぐり、自民党の稲田朋美元政調会長が異例の動画をツイッターに投稿。波紋を広げています。

「国会が終わるまで2週間以上もございます。与野党で合意をして審議すれば、成立させることが出来ます」(自民党 稲田朋美元政調会長)

29日、ツイッターに動画を投稿した自民党の稲田元政調会長。稲田氏が訴えるのは、LGBTなど性的少数者に対する理解増進に向けた法案の今の国会での成立です。自民党では先週、この法案をめぐり、「差別は許されない」との文言に「訴訟が乱発する」などとの意見が相次ぎ、党の最高意思決定機関である総務会での了承は見送られました。扱いは二階幹事長ら党三役に一任されています。

「TBSニュース」より

この方「保守」扱いされているらしいのだけれど、実際のところはリベラルだよという証拠であろう。

稲田氏がどういう狙いでこんな動きをしているのかすらよく分からないのだが、「合意」に至る前にやるべき事があるはずだ。

どんな方を法律で守り、それが適性なのか?というところを果たして本当に議論できているのか。

そして、既に政治運動化しているLGBT問題に、活動家のオモチャにされないような法規制がやれるのかどうか。

上で触れたように、そもそもLGB及びQの方々はカミングアウトなどしたくは無いし、アウティングなど以ての外なのである。しかし、内心で苦しんで自ら命を絶ってしまう方も存在するだけに、何らかの手当が必要なことは事実だろう。

性自認と性同一性

そこで、「性自認」が問題であると思う。

「性同一性」というのは医学用語であるようで。

性同一性障害というのは、生まれた時の性別と自認している性別が事なり、コレに起因して苦痛や障害を引き起こしている疾患の事を指す。

この話は、「性同一性障害」という疾患を精神疾患の一つであると認め、その原因を取り除く事でそうした疾患に悩む人を救おうという事である。

自民党案では、元々「性同一性」という言葉を使って、第三者の認定で線を引こうという話となっていた。

保守派異論、了承見送り LGBT法案、「差別」表記などに警戒感

2021.5.20 21:42

自民党は20日、「性的指向・性自認に関する特命委員会」(委員長・稲田朋美前幹事長代行)などの合同会議を党本部で開いた。

~~略~~

問題視されたのは「性的指向および性自認を理由とする差別は許されない」とする法案の目的と基本理念だ。もともとの自民案は医学用語として使われる「性同一性」としていたが、公明や立民の要請でより概念の広い「性自認」に修正された。公明が「性自認」の表現を使ってきたことに加え、「性同一性」は「障害」として捉えられていることも踏まえた。

「産経新聞」より

これを自民党が折れたところが、そもそもおかしな話。「性自認」だけで押し通すと、法律全体がぼやけてしまった。自民党の責任と言えばそれまでだが、そんな法律を通してしまうわけにはいかないのも事実である。

結局のところ、「性自認はグラデーション」というところがそもそも取り扱いを難しくしているという面が大きいのである。

であれば、第三者も理解できるように、トランスジェンダーという存在だけ取り出して考えるべきではないか?それも、性同一障害という疾患を持つ方に法的な手当をすると。

法整備した結果、苦しむ人が増える事は「許されない」

もともとレズやゲイの方々は、「そっとしておいて欲しい」という方々多かった。

性的指向というのは、あくまで個人の思想の範疇の話である。

ここから派生して同性婚という問題も生じてくると思うが、LGBT法案を通すことで切り崩そうという狙いがミエミエである。

敢えて言及しておくと、僕は「結婚」という制度を同性に認めることは反対だ。結婚制度は本来的には子供を産み、育てる方意思のある方々を優遇することが前提で制度設計されている。結果的にそうならなかった方々をそこに含めるかは議論の余地があるが。

日本という国を存続するために家庭を作って頂ける方に対する優遇、という前提に立てば、同性婚を結婚制度に組み込むことはおかしいのである。

そして、同性婚はパートナー契約を民事的に行うことで、解消しうる。もっと言えば、夫婦別性を望む方に対しても、民事的にパートナーの契約を結べば済む話だと思っている。

ここでそれを論ずると長くなるのだが、同性婚はその延長線上にある話で整理すれば良い。

一方で、トランスジェンダーの方について、実生活に影響がある部分を何とかしたいというのが、「性同一性障害」の認定であり、ケースバイケースではあるが医学的なサポートが受けられるようになった。そこから更に法的にも手当てしてあげようというのは良かろうと思う。

だが、そうで無いところまで優遇する事が、どれ程のメリットとなるのか。

よく分からないおっさんが女子トイレやら女子風呂に入ってくる。そして、逮捕したら法律を盾に「無罪を主張

よく分からないおっさんが女子トイレやら女子風呂に入ってくる。そして、逮捕したら法律を盾に「無罪を主張」する。そんなおかしな世の中にしないためにも、この問題はよくよく考えて法規定すべきなのだ。

未熟な状態で法律化して良い問題ではない。

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