【ウポポイも真っ青に?】三内丸山遺跡の世界遺産登録へ

政策

縄文遺跡群が世界遺産に登録される道が拓けたようだ。

縄文遺跡群、世界遺産へ 三内丸山など登録勧告

2021年5月26日 18:00 (2021年5月27日 5:20更新)

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は26日、青森県の三内丸山遺跡など「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森県、岩手県、秋田県)を世界文化遺産に登録するよう勧告した。文化庁が同日、明らかにした。1万年以上にわたって営まれた狩猟や採集を基盤とした定住生活の変遷を網羅し、農耕以前の人類の生活や精神文化の実態を示す貴重な物証と認められた。

「日本経済新聞」より

ちょっとオモシロいニュースに感じたので紹介しておきたい。

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この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

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古代浪漫と北海道

登録までの長い道のり

この世界遺産登録に至るまでには、随分と苦労したようだ。

三内丸山遺跡、15年越しの世界遺産登録勧告…「長い道のり」関係者は感無量

2021/05/27 14:06

4道県の17遺跡で構成される「北海道・北東北の縄文遺跡群」が26日、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)から世界遺産の登録勧告を受けた。青森県内では最初の取り組みから15年近くが経過し、ようやく登録が目前となった。関係者は喜びと安堵あんどの思いを抱く。

「讀賣新聞」より

苦節15年、登録までに色々と苦労をしたと報じられている。

ところで、個人的にはこのイコモスの勧告もユネスコへの登録も良いことだとは思っていない。何故ならば、政治利用為されているのが現状で、支那が観光業に利用するために勝手に登録する。更に政治的プロパガンダのために嘘でも何でも登録する。それを容認してしまう、そんな組織だからだ。

数年前からその姿勢が疑問視されて多少は改善されたようだが、支那から多額の資金が流入している現状が変えられているわけでは無いので、「多少マシ」になった程度である。

しかし、そうはいっても世界的権威にお墨付きを貰う、という機能は残っているので、無意味とまでは言わないんだけどね。

青森県の三内丸山遺跡

さて、次に三内丸山遺跡群について言及しておこう。

青森県を中心として北海道に至るまで遺跡が散見されており、これらの遺跡が比較的近い年代の遺跡であるため、「遺跡群」として登録されると言うことだね。

三内丸山遺跡とは
 特別史跡三内丸山(さんないまるやま)遺跡は日本最大級の縄文集落跡です。発掘調査によって当時の自然環境や生活、ムラの様子などの解明が進められています。遺跡は通年で公開され、自由に見学することができます...

この遺跡のスゴいところは、かなり大型の史跡があったのだとされている。

大型の建造物が存在したという事は、それだけの技術力と権力があったという意味である。つまり、この遺跡を中心にした国家に近い存在があったことが推定されるわけだ。

調査によると、この遺跡は縄文時代前期から中期(約5900年前~約4200年前)の集落であるとされている。

遺跡の存在は江戸時代から知られていたと言うから日本もなかなか立派なものだが、注目すべきところは北海道にもその関連の遺跡があったという点だ。

遺跡が発掘されてわかった事は、住居、墓、捨て場、大型掘立柱建物、貯蔵穴、粘土採掘穴、盛り土、道路などが存在したことが解っており、土器や土偶なども出土している。

更に、居住地域近くでの植物の栽培の痕跡があったこ事も分かっており、黒曜石、琥珀、漆器、翡翠製大珠なども出土していることから、従来考えられていた縄文時代の定義を根底から覆す発見が数多く為されたことでも注目された。

北海道の大船遺跡

さて、三内丸山遺跡群の1つと数えられている北海道の遺跡が、北海道函館市にある大船遺跡である。ここにも大規模な集落遺跡があって、縄文時代前記後半から中期後半頃に至るまで(約5200年前~約4000年前)の遺跡だとされている。

ここにも盛土遺構や竪穴住居、フラスコ状土坑、鯨やオットセイの骨や石棒や石皿などが出土している。

つまり、縄文時代に既に北海道にも文化があったことと、海を挟んだ青森県の遺跡とも密接な関わりがあったとが示唆されているわけだ。

縄文文化のすごさとは 世界に類のない「食」と「住」

2021年5月26日 18時18分

北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコの世界文化遺産になる見通しになりました。縄文と聞いて、歴史の授業で習って以来という人も少なくないのでは。縄文時代や縄文遺跡をいちからおさらいします。

「朝日新聞」より

朝日新聞もその事について喜んで報じている。

もちろんスゴいとは思う、が、良いんですかねぇ?

北海道の先住民族

アイヌ民族は侵略者

話は変わって、先住民の話。

アイヌ新法成立、日本の「消えゆく民族」とは

2019.07.28 Sun posted at 10:19 JST

日本で生まれ育ったミュージシャンの加納沖(OKI)氏(62)は以前、自分がアイヌ民族であることを知らなかった。

~~略~~

今年4月に成立したアイヌ新法には、北海道のアイヌ民族が日本の「先住民族」であると初めて明記された。同法には、アイヌの人々が受け入れられやすい社会作り、アイヌの地域経済の強化、さらにアイヌ文化の可視化のための施策が盛り込まれている。

「CNN」より

北海道にはアイヌ民族が存在したけれども、今はその文化は一部の展示施設に見られるのみである。

日本政府は「先住民として保護しよう」という法律を作ったものの、その保護すべき先住民とは一体誰なのかは誰も知らないという恐るべき状況になっている。

何故なら、アイヌ人なる人々をDNAレベルで特定することはもはや困難であり、戸籍などを遡ることも難しい。つまり、保護対象となるべきアイヌ人を科学的に特定できないのだ。

そもそもアイヌ人達は13世紀頃に北海道に出現したと言われているが、最新のDNA研究の結果から分かっていることは、アイヌ人達は縄文人達の血と共にモンゴロイド系統の血も引いていて、ここから分かる事はロシアやモンゴルのあたりから樺太を通って南下し北海道に渡ってきて、先住していた縄文人達との混血が進んだのではないか?ということだ。

その後のアイヌ人達の地域分布を見ると、縄文人達が追いやられていったであろう事が分かる。

要は、アイヌ人は13世紀頃に出現した比較的新しい民族なのである。

和人進出の嘘

さて、「奈良時代から鎌倉時代にかけて、和人が北海道へと勢力を伸ばした」と、日本の教科書ではその様に説明されている。しかし、実際に蝦夷と呼ばれた人々が北海道に定住していたことはこの事からも分かり、「進出」というのはどうかなぁと思う。

間違ってはいないと思うが、奈良時代や平安時代には出羽国と北海道の蝦夷達が交易をしており、この相手はアイヌ人では無かったとされている。そして、室町時代には松前藩が登場する。

松前藩は、北条氏の流れを汲んだ人々によって開かれたともいわれているが、どうやらアイヌとは対立関係にあったようだ。コシャマインの戦いシャクシャインの戦いのような地域の争いがあったことからも、明らかである。

「和人進出」となると、わざわざ人の住んでいない北海道に和人が渡ってその地域を占領したように感じられるが、実情はそうでない可能性が高い。北海道に本州から人が渡っていった事実はあるんだろうけれども、現実的には縄文時代から和人が住んでいた。

つまり、本州の和人が北海道に移住しただけで、和人のいない北海道に和人が攻め入ったと誤解される可能性が高い表現は如何なものか。

更に、アイヌ人達は定住地を定めず、狩猟採取をしながら北海道を転々としながら居住していたとされている。

「自然界の全てのものに心がある」という思想はなかなか素晴らしいが、土地を持たない彼らにとって、欲しいモノは自然から分けて貰うというのは当然の認識である。そもそも所有の概念が希薄だったようで、必要なら他からとってこれば良いというのは、言い方は悪いが、山賊と同類の考え方とも言えるだろう。

良くも悪くも所有の概念がある和人と衝突するのは当たり前で、アイヌと松前藩との闘いは必然であったと言える。北海道は広いけれど、人が快適に住める土地はそれほど広くなかったからね。

保護すべき文化とは一体何なのか?

とまあ、そんなことも踏まえて「先住民文化の保護」という事について考えてみたい。

確かにアイヌ文化は特異な文化である。だから、他に見られないこの文化を保護するという点に関しては賛成したい。

しかし、既にアイヌ人そのものは和人との混血が進んだ結果、「誰が保護すべきアイヌ人」かを特定できない状況になっている。

そうすると、先住民保護、というおかしな話はいったいどうすれば良いのか?という話になる。何なら北海道には更に先住していて、今もなおその血を受け継ぐ人々がいたのである。そちらは保護しなくて良いのだろうか??もちろん、その後も北海道へ入植する人は絶えなかったので混血は進んでいるのだろうが、その先住民とは本州に住んでいる和人と同一である。

そして、アイヌの人々は文字を持たなかったので、今伝えられているアイヌ語が果たしてオリジナルかどうかも分からないし、巨大な展示施設を作って展示されているソレがアイヌ文化に起因するかどうかということについて、多くの物は立証できない。

研究をして、「確かにアイヌ文化である」と特定できる物があればソレは素晴らしい事ではあるが、例えば良く見る木彫りの熊だって、アイヌ文化とは違うのである。

北海道の縄文時代を伝える遺跡が世界的に認められると、新参者のアイヌの人々の立ち位置はまた違ったものになる可能性もある。僕としてはアイヌ文化を否定する積もりは毛頭無いが、ありがたがって巨額の予算を突っ込むものでもないと、その様に考えている。

21年度予算案 アイヌ政策に57億5200万円

2020/12/22配信

政府が21日に閣議決定した2021年度予算案で、アイヌ政策関係予算は57億5200万円となり、20年度当初予算比で3%増となった。白老町の民族共生象徴空間(ウポポイ)関連では、管理運営費などで5%増の30億3800万円を計上。

「苫小牧民放」より

どうなんですか?コレ。

よく分からない文化の保護より、さらに古い遺跡の調査にお金を使ったら如何ですかねぇ。今回のユネスコのニュースを元にしてそうした議論が巻き起こってくれれば良いと思う。

コメント

  1. 木霊様、皆さま、今晩は

    記事を読んでいるうちに「ポトラッチ何とか」という小説を読んだのを思い出しました。筒井康隆さんだったような気がしていたのだけど、「かんべむさし」さんだったかも知れない・・・元は○の土地だったので、○に返すべきだ、それ以前は△だったので○は正しくない。△に返すべきだ。いやいや、それ以前はXだったので・・・というのがネタの小説ですが・・・。

    この種の議論、私には良く分からない。アイヌ以外の先住民がいたとして(多分いたと思いますが)その人たしに対して我々は何をすべきなんでしょうか。何ができるんでしょうか。その人たちの末裔がいたとして、どうすべきなんでしょうか。また、その先住民以前の、類人猿などはどうなるんでしょうか。このノリで時代を遡れば原生動物、細菌の類に行きつくのでは???どこかで線を引く必用がありますね。

    ○原人は「原人」ではなく類人猿であるから無視とか、△は「猿」ですらないとか・・・。古代の(生物の歴史的には近代の)生物学としては面白いけど、それに政治が絡むのはいかがなものか。
    と思ってしまいます。
    まぁ、現実的には「話題」になっているアイヌあたりまででではないでしょうか。

    • 調べて見たら「ポトラッチ戦史」という小説がヒットしました。
      面白そうな小説ですな。

      僕自身、アイヌ人達の「文化を保護すること」は間違ったことだとは思いません。
      しかし、その末裔を自称する人々の騒ぎに関してはウンザリしていて、ソレを背景に文章を構成してしまったのでおかしな感じに感じるかも知れません。

      タイトルに「アイヌ」とは書かずに「ウポポイ」と書いたのはその辺りにあって、時間があれば追記するかも知れませんが、ザックリ説明させて頂くと、ウポポイに作られたウポポイ(民族共生象徴空間)なる博物館には荒唐無稽なものから歴史的価値のある物まで雑多に扱われているそうです。別の場所では出し物として「アイヌ踊り」なる踊りをお金を取って見せている人々がいるそうです。アイヌ踊りは昭和の時代に作られたそうですが。
      アイヌ展なる展覧会には、民族の資料として「貸与される」物品が多額の費用でレンタルされ、利権となっている実態があるそうな。
      何が本物か何が偽なのかは区別が付けづらいと思いますが、アイヌ民族は複数の集落よりなり、集団によって使われた言語が事なり、文化も異なったようです。
      民族同士が交わることは少なかったようですしね。
      ソレを一緒くたに「混ぜてしまう」というのは、おかしな事で、ウポポイには消化器や非常口についても「アイヌ語」で記されているとのことで、ソレは既に文化保護と呼べるのか疑問です。
      先ずは、アイヌに関しても学術的な調査が必要であって、今必要なのは、末裔かどうか分からない方々の保護ではないと、僕は考えています。

  2. 横レス失礼します。

    >アイヌ踊りは昭和の時代に作られたそうですが。

    「ケチャ」も、ごく最近に観光用に作られたものですし。

    うっかり昔からあると思っちゃいそうですが。その意味で、大中華小中華の文化捏造はおっかないですね。

    とりあえず、アイヌ文化に関しては、ウポポイとか行くより「ゴールデンカムイ」読んでる方がよっぽど勉強になる気がしてならないのが何とも……

    • ゴールデンカムイ、面白いですよね。
      あれも創作ものなのでしょうけれど、現実はもっと創作部分がしっかり入っているというのが……。またそのうちこの話は書きたいと思います。