スタッフ確保が課題で病院船の新造は見送られる

防衛政策

まあ、ちょっと考えればなかなか難しい問題であることは理解できる。

政府、病院船新造を見送り 医療従事者確保に課題

2021.3.30 11:53

政府は30日、災害時などに海上で患者の治療ができる「病院船」に関し、当面は新規建造を見送るとの見解を公表した。新型コロナウイルスの感染拡大で、与野党から導入を促す声が強まっていたが、船内で活動する医療従事者の確保などに課題があると判断した。

「産経新聞」より

特に武漢肺炎対応で病院船をという考えに至る人は、ちょっと「病院船」の存在を誤解をしている。あ、僕か(汗

そう、恥ずかしながら過去には、「病院船作れよ」と、そう思っていたわけで。しかし、調べれば調べるほど問題があった、少なくとも武漢ウイルス対応のために病院船を用意するというのは、良い方法とは言えない感じだ。

だが、災害対策としてならば、アリだろう。

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病院船は必要か?

病院船と言えばマーシー級

さて、先ずは病院船という存在について少し述べておきたい。

世界で「病院船」という装備を持っているのは、アメリカ軍だけだと思っていたのだが、どうも違うらしい。アメリカ軍はマーシー級1番艦「マーシー」と、2番艦「コンフォート」を保有していて、コレが有名なのだが、イギリスやフランスでも近代において病院船を運用した実績があり、現在も保有している模様。

過去には日本軍も氷川丸という1万トンクラスの大型貨客船を保有していて、病院船として運用していた。調べて見ると、氷川丸の他に何隻も病院船として運用していた船舶があるようだが、割と「戦火喪失」という運命を辿った船が多い。国際的には病院船を攻撃してはいけないことになっているのだが、その当時通商破壊を散々やったアメリカである。守るわけがない。

発展途上の国において、例えばペルーなどは河川病院船を保有しているようだが、どちらかというと貧困地域の循環医療活動に用いられているのだとか。あと、支那も920 型という船を、ロシア、スペインなどもそれぞれそこそこ大型の病院船を保有しているようだ。

配備されている以上は一定の需要があるということである。

自衛隊では?

海上自衛隊でも、専用の病院船こそ保有していないが、おおすみ型輸送艦、ひゅうが型護衛艦、いずも型護衛艦にユニット型の野外手術システムを搭載することで臨時の病院船として運用が出来る。

この野外手術システムは、陸上にも海上にも展開できるユニットで、手術室としても運用が可能なかなり本格的なものだ。

では、病院船は必要無いのだろうか?

病院船のメリットとしては、大型の医療設備、例えばCTやMRIなどの固定設備が野外手術システムでは対応出来ないレベルのシステムも搭載が可能なことや、地上に拠点構築する手間が無いことだろうか。

そんな訳で、しっかりとした手術の出来る大型の病院船が「欲しい」と考えるのは違和感のない話であると思う。ただ……、それは災害救助活動に欲しいと言うことであって、自衛隊の本来の目的に合致するか?という点に関しては正直懐疑的である。

病院船は新型コロナ対処の切り札たりえたか 米海軍マーシー級病院船 派遣1か月の結果

2020.05.15

2020年4月30日(木)、ニューヨークで医療支援活動を行なっていたアメリカ海軍の病院船「コンフォート」が、約1か月間に及ぶ任務を終了し、母港のあるバージニア州ノーフォークへ帰還の途につきました。

マーシー級は完全装備の手術室12室と1000床のベッド、4つのレントゲン室とCTスキャナー、薬局などを備え、また傷病者への医療に必要な酸素生成装置と、10年間保存可能な冷凍血液を保管する血液バンクも搭載しています。2018年に「マーシー」が東京に寄港した際、それを記念して東京都内で開催されたシンポジウムにおいて在日アメリカ海軍司令部は、マーシー級は心臓バイバスと臓器移植以外のすべての手術が可能であると述べています。

「乗り物ニュース」より

実際に「病院船」の使えるシーンというのはかなり限定されるからだ。

マーシー級は「使えた」のか

例えば今回の武漢肺炎騒ぎ、武漢ウイルス対応に、マーシー級病院船が出て行って医療支援活動を行ったというニュースがあったが、実際どうだったのだろうか。

派遣が決定した時点で「コンフォート」には、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、医療機関での対応が困難になったコロナウイルス感染患者“以外”の傷病者を受け入れて、ニューヨークの医療崩壊を緩和するという任務が課せられていました。

「乗り物ニュース”病院船は新型コロナ対処の切り札たりえたか 米海軍マーシー級病院船 派遣1か月の結果”」より

この記事にはその辺りの事について言及されている。

まず興味を惹かれたのは、マーシー級病院船「コンフォート」が派遣された理由だ。当初は武漢ウイルスに感染した患者以外を受け入れる目的だったというのである。

しかしニューヨークではロックダウンが実行されていたため、受け入れを想定していた交通事故や建設現場での事故、犯罪による負傷者などは激減していました。また「コンフォート」への乗船にあたっては、新型コロナウイルスに感染していないことはもちろん、軍が定めた49項目の医学的条件をクリアしている必要があり、この条件をクリアできず乗船が認められなかった、新型コロナウイルス感染者以外の患者が少なからず存在していたという報道もあります。

おもにこのふたつの理由から、「コンフォート」は3月30日から4月7日のまでの1週間で、44名の患者しか受け入れることができませんでした。

「乗り物ニュース”大統領自ら見送った「コンフォート」の出港”」

ところがこの任務は失敗。

このためアメリカ海軍は方針を転換し、4月6日から「コンフォート」への新型コロナウイルス感染患者の受け入れを開始しましたが、乗員やほかの患者への感染を防ぐため、船内の区画を厳密に区切った結果、病床数は集中治療室を含めて600床にまで減少してしまいました。

こうしたこともあって「コンフォート」の活動終了までの治療者数は、新型コロナウイルス感染患者を含めて182人と、必ずしもかけられていた期待に応えたとはいい難い結果に終わっています。

「乗り物ニュース”大統領自ら見送った「コンフォート」の出港”」

方針を切り替えて武漢ウイルス対策を目指したものの、この任務にも失敗。

……失敗と断じてはいけないのかも知れないけれども、アメリカの感染者数を考えれば蟷螂の斧というか何というか。成功したとはちょっと言い難いだろう。

医療従事者確保に課題

さて、そんな訳で使えるシーンはかなり限定されるという話にはそこそこ理解頂けたと思うが、冒頭のニュースは、「医療従事者確保に課題」があるとしている。

新型コロナウイルスの感染拡大で、与野党から導入を促す声が強まっていたが、船内で活動する医療従事者の確保などに課題があると判断した。

「産経新聞”政府、病院船新造を見送り 医療従事者確保に課題”」より

確かに。常駐型のスタッフ(医療従事者)を「病院船」に縛り付けるというのは相当難しいと思う。

何しろ、長時間拘束される医療スタッフをソレこそ病院規模で確保するというのは困難だ。非常時に招集をかけるということも困難だと思うが、常時はどうしているのか?という問題もある。

また、病院で働く先生は大病院で「一部のスタッフを回して貰う」といったような契約をしておけば、ある程度確保可能かもしれないけれども、看護師や臨床検査技師などの特殊技能を持つ人材をどうやって確保するのか?というところは、本当に悩ましいだろう。

これに該当しそうな存在と言えばDMATとかJMATなのだが、彼らを病院船で使うというのは難しいのかもね。なお、DMATというのは災害時に緊急招集される医療スタッフのことで、平成16年の新潟県中越地震が初の出動で、それ以降、毎年のように何らかの災害や事故の際に招集がかかり出動しているようだ。JMATも似たような性格の組織だが、コチラは日本医師会が招集をかける点でDMATと異なる。ただ、現役の医療従事者に声をかけるという性格の組織なので、船上での活動は予定されていない。

自衛隊の医官にお願いするという手もあるかも知れないが、それだって数を確保するのは難しい。元々医官は少ないのである。

マーシー級はどうやっているんだろうね?

病院船を「どう使う」か

さておき、日本国内にある病院の数というのは、ソレほど少ないわけではない。欧米と比べても、病院の数や設備の質などを比べても抜きんでているとされている。したがって、非常事態を迎えた場合でも、病院施設が残っている場合には殆どのケースで病院船の出番はなかろうと思われる。

例外的に、例えば東北大震災のように、津波に周囲の施設が軒並み消えてしまったような状況があったりとか、阪神淡路大震災のように都市部の道路が破壊されて交通が寸断されているようなケースだろう。

東日本大震災で「想定外」という言葉が繰り返し使用されたが、その反省を 踏まえ、我々は、いつ発生してもおかしくない大規模・広域災害、それに伴う 複合災害に対し、万全の備えを行わなければならない。

特に、四方を海で囲まれたわが国は、水産資源や海底資源の活用や海を通じ た交流を図るため、古来、船舶の建造技術や操船技術を蓄積し、海洋国家とし て発展してきたが、災害対応においてこれら技術の蓄積を最大限に活用するこ とは当然であり、その可能性を改めて検証することが求められている。

「災害時多目的船(病院船)に関する調査・検討」より

当然、政府も同じ事を考えるわけである。紹介している内閣府の資料はなかなか良く纏まっていて、一読される事をお勧めしたい。

で、この資料でも幾つかシーンを想定して「必要性」を検討し、コストに見合う運用が出来るかを含めて模擬的に運用して見るべし、という結論を出している。「早速新造しろ」という結論ではなかったようだね。

平成 13 年 3 月にとりまとめられた報告書では、多目的船舶に求められる機 能として、輸送機能、医療機能、現地対策要員の宿泊機能等を挙げ、これら機 能は、政府保有の新型船舶(海上保安庁災害対応型巡視船「いず」や海上自衛 隊輸送艦「おおすみ」)で概ね対応可能、と結論付けられた。

「災害時多目的船(病院船)に関する調査・検討」より

ただまあ、現状設備である「いず」とか「おおすみ」で良いよね、という結論になってしまう。それと、離島住民への定期検診を主目的とした巡回診療船「済生丸」というのも保有しているようだが、これが災害に利用された実績は無いらしい。

例えば、大きな地震で地域インフラが破壊された場合に、病院船は自前で電力から水なども賄う事ができるのと、支援物資を搭載して移動することが可能であるため、活躍が期待できる。急性期病院として海上拠点を構築できれば、災害時の大きな強みになるとは思われる。

他にも総合型病院船、慢性期病院船が検討されているが、コチラは個人的には少々存在意義を疑う感じである。資料の方も妥当性無しという判断の様だ。

資料によれば、急性期病院として確保すべきスタッフ数は150人程度。病院船保有数は最低2隻で、日本海側と太平洋側に分散配置すれば、出港から1日程度で被災地に駆けつけることができる計算となっていて、1隻の年間維持費は20億円程度と算出されている。

ふむ、良いんじゃないかな?何が問題なんだ??

要員の確保

どうやら、「早期の人員確保」という点が課題として挙げられているようだ。

総合型病院船の場合に、上記の通り、多数・多岐にわたる要員の確保が必要 であり、これほどの多数の要員を発災後に集め、出航し、発災から 72 時間以 内に被災地に到着するのは、現行の枠組みでは極めて困難である。

急性期病院船の場合は、必要な要員が総合型病院船等よりは小規模であると はいえ、これら要員を集め、速やかに急性期医療の対応体制を構築することも 厳しい状況である。

「災害時多目的船(病院船)に関する調査・検討」より

要員の確保という点においても、医療従事者を長期間拘束する総合型病院船や慢性期病院船の運用は極めて困難と分析されている。

そりゃまあ、そうだろう。急性期医療に従事するDMATですら、医療従事者にかなりの負担を押し付ける事になる。長期間の拘束は凡そ現実的では無い。

ただ、DMATの拠点として病院船を派遣するのはダメなのだろうか?

他にもヘリコプター操縦士の確保などが問題点として挙げられているが、それこそ自衛隊にお願いすることで解決出来そうではある。ヘリパイの要請にはお金がかかるのは事実だが、災害時対応まで含めて税金を突っ込むことはそんなに悪いことなのだろうか。

船長や病院船の非医療従事者に関しても、自衛隊にお願いする線で考えて良いのでは無いだろうか?

ただ、こうした非常時の対応とは別に、常時はどのように運用すべきか?という点も検証されるべきであると、報告書では言及されている。普段使われない医療器具は緊急時に使えない、或いは型が古くなるなどの弊害が出る事も考えられる。したがって平時でもそれなりの頻度で活用される必要があるとされ、離島住民への定期検診に使う用途が提唱されている。

しかしそうなってくると、DNATのように非常時に招集をかけるタイプの医療従事者確保方法では対応が難しくなるだろう。もはや、医療従事者の研修制度に組み込んで、常設型の病院船としてフル活用するような運用を考えねばならない。

そして、常設型の病院であれば陸上に設けるのが一番効率が良いわけで……。悩ましいね。海上に拠点構築して役に立つという発想にせよ、「医療従事者が普段使っている医療器具」を必要な数だけ用意できることは相当のコストを必要とする。

結局は、維持費と非常時対応にどう備えるか?という考え方1つで変わる話なのだろう。そして、その上で個人的には保有しても良いのではないか?とは思う。災害時の行動拠点の1つという考え方で、病院船というオプションはやっぱりあった方が良い。賢く使う必要はあるんだろうけどさ。

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