「君が代」と国歌

日本ニュース

ちょっと珍妙な記事を見つけたので紹介しておきたい。記事自体は5年前のものなんだけれども。

日本人にとって「君が代」とは何か? ネットにあふれるトンデモ解釈

2016.03.23

国立大学の卒業式や入学式に関連して、再び「君が代」の扱いに注目が集まっている。これに呼応する形で、インターネット上でも「君が代」をめぐる議論が活発になりつつある。

「gendai.ismedia.jp」より

長い割には中身が無い記事でガッカリだったが、そもそも日本人が「君が代」という国歌のことを知らないことは、大きな問題だと思う。何処かで勉強をすべきだろう。かく言う僕も、知ったのはそれ程昔の話では無いんだけど。

スポンサーリンク
同カテゴリーの人気記事

この記事は「惣郷木霊の四方山話」でお送りしております。

<同カテゴリーの人気記事>

スポンサーリンク
スポンサーリンク

「君が代」の歴史

Googleで検索すると……

そもそもこの記事を書くに当たって調べる気になったのは、Googleで「君が代 意味」と検索すると、何故か日本共産党のサイトがでてきて、さらっと嘘が書いてあったからだ。アレがトップというのは、Google検索も酷いよね。

〈問い〉 政府は国会で「君が代」の「君」とは象徴天皇のことだといっています。私は「君」とは「あなた」のことと思っていましたので驚きました。どういうことですか。(岩手・一読者)

〈答え〉 「君が代」は、今から千年以上も前の『古今和歌集』に収められた「読人知らず」の和歌に始まる、親しい人の長寿を願う歌でした。ですから、もともとの歌では、「君」は「あなた」の意味で使われていたわけです。

~~略~~

「大日本帝国憲法」下の天皇は、「神聖にして侵すべからず」(第三条)とされ、立法・行政・司法権の頂点に立ち、軍の最高指揮権、宣戦布告権、非常大権など強大な権限をもつ文字どおりの専制君主でした。「君が代」はまさに、この専制君主としての天皇の治世をたたえる歌だったのです。

「JCP」より

ちょ、ちょっと待ってくれ。色々嘘がないか?

……先ずは、歴史を踏まえてから突っ込みを入れることにして、ひとまずこのネタは置いておこう。

国歌としての「君が代」

さて、意外に思われるかも知れないが、「君が代」が国歌として正式に法律に定められたのは平成11年:1999年8月13日のことである。寧ろそれまで法律に規定されていなかったことに驚きなのだが、規定されていなかったからこそ論争があったことは事実である。

直接法整備される切っ掛けになったのは、平成11年3月に広島県立世羅高等学校校長が卒業式前日に自殺してしまった哀しい事件である。

自殺の理由は、学習指導要領で義務付けられた国旗掲揚と国歌の斉唱が、教職員からの反対にあって卒業式に実施できない可能性があって板挟みとなり、それに苦悩したからだとされている。

文部科学省からは確かに学校に向けて通達がでており、国旗掲揚と国歌の斉唱を行いなさいとの指導(平成10年10月)があった。しかし、多くの教育現場では、当時これが守られていなかったのである。それは、以前から「不起立問題」などとして取り上げられてはいた。

何故か?という点に関しては諸説あるが、日教組という組織が大きく関わっていたことは事実である。

「日の丸」「君が代」法制化反対

日本教職員組合書記長 戸田 恒美

「日の丸」「君が代」問題については、1975年の大会で議論して決めた見解を基本にしています。  「君が代」は、その歌詞の内容と果たしてきた歴史的役割からして、主権在民の憲法原理と教育基本法の民主的教育理念を否定するものであり、君が代を国歌とすることには反対です。

「月刊「日本の進路」1999年7月号」より

そもそも日教組(日本教職員組合)という組織が、SCAP(GHQとも呼ばれる)の指導の下に設立され、「民主主義教育を推進する」という目標を掲げていたにもかかわらず、朝鮮戦争などの影響を受けて「教え子を再び戦場に送るな、青年よ再び銃を取るな」という方針を採択してその方向に突き進んでしまったのである。

日教組が何故そうなってしまったのか?は分からないが、民主主義を推進するハズの組織のトップが「書記長」となっていることを考えると、どうしてそうなったかは想像し易いだろう。

ともあれ、こうした組織が教育現場を牛耳っている一方で、日本政府としては国歌や国旗が決まっていないかのような状態を続けることは避けたかった。だからこそ、法制化して決着を着けたというのが、「国歌」の成り立ちなのである。

従って、現時点では国歌は「君が代」で、国旗は「日の丸」である。そして、国公立の学校で卒業式と入学式においてこれを掲げ、これを斉唱することは決まりとされている。そこに思想信条の自由が入り込む余地はない。

なお、「国歌」や「国旗」に関する法律は諸外国ではあまり見ない事も、ここに書き添えておく。

「君が代」が国歌として作られた背景

しかしながら、これは近代の話であって、戦前から「君が代」は事実上の国歌として扱われていた。

作曲は二転三転する

その理由は、日本が大日本帝国の国号を名乗るに至った頃(嘉永7年:1854年~)に、国際社会において一般的に国歌儀礼として他国の要人を迎えるにあたって国歌あるいは儀礼音楽を演奏すると外国の大使から指摘され(明治2年)、日本政府もなる程ということになって、それに相応しい曲を作るに至ったからだ。

最初に日本に国歌(儀礼用の歌)を作ろうと言いだしたのは、イギリス公使ハリー・パークスという人物で、イギリス使館護衛隊歩兵大隊の軍楽隊長のジョン・ウイリアム・フェントンが作曲に関わったとされる。ただ、この曲はあまり評判が良くなかったために、採用はされなかった。その後にドイツ人海軍軍学教師のフランツ・エッケルトや宮内省伶人長の林廣守らが作曲に関わり、林廣守が雅楽の音階で作曲したものが編曲されて採用に至る。

ただし、文部省はイギリス人のウェップが作曲したものを国歌として、小学校唱歌集に載せて教育していたようで、最終的に現国歌の形で統一されたのは明治30年:1897年のことで、同年11月19日の陸軍省通達第153号においてその旨が示されている。

そんな訳で、曲の方は大日本帝国憲法発布(明治22年:1889年)には間に合わず、30年以上にわたる紆余曲折のうちに漸く決定された。

歌詞は最初から殆ど変わらず

一方の、歌詞の方だが、こちらは当初から「君が代」の歌詞の形に近いものが採用されていた。もともとこの歌詞の出典は古今和歌集で、完全に歌詞が一致しているワケでは無いが大筋で同じ内容である。その和歌は、「我が君は 千代にやちよに さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」である。

古今和歌集の編纂は平安時代に遡り、醍醐天皇の勅命により編纂されて延喜5年(905年)4月18日に奏上されている。

読み人知らずであるため、「我が君」が誰なのかは確定できないようだが、君主、即ち天皇陛下の治世が末永く繋がるように歌われた賛美の歌であるというのが定説であり、大日本帝国憲法下で国歌として作られた背景を考えれば、国歌における「君」が天皇陛下の事を指すことは疑う必要がない。

だが、現在の国歌「君が代」を考えるとき、天皇の存在を無視するのはまったくナンセンスである。「君が代」は1880年ころ作曲され、1893年ころより事実上の国歌として唯一無二の存在となった。この「君が代」が天皇讃歌だったことは論をまたない。

「君が代」は、小学校の祝祭日の儀式において、天皇皇后の写真に向かって歌うものとされた。国定教科書でも、明確に天皇讃歌であると説明された。「君が代」作曲に深く関わったお雇い外国人エッケルトが、ドイツ人向けの雑誌で「君」を「Kaiser」(皇帝)と説明している例もある。

「gendai.ismedia.jp」より

その点は、引用した記事とほぼ同じ意見である。

なお、第2国歌の様な扱いを受けて親しまれていた「海行かば」も、万葉集に載せられた長歌から採られており、作曲は明治時代に行われている。後にNHKの委託を受けた信時潔が作曲したものが採用され、今聞く事のできる曲はこちらの方らしい。

海行かば 水漬く屍
山行かば 草生す屍
大君の 辺にこそ死なめ
かへりみはせじ

「海行かば」より

なかなか心に来る歌詞だが、ここで使われる「大君」も天皇陛下のことを指すのだという理解が一般的である。

大日本国憲法でも国歌、国旗は制定されていない

ともあれ、こういった成立過程を経て国歌としての「君が代」は作られたのだが、成立過程で説明した様に、当初はあくまでも軍で用いられる儀礼音楽という側面が強かったのも事実である。

国旗の方にも一応触れておくが、コチラはデザインとしては源平合戦の頃から知られているもので、源氏側が「白地赤丸」、平氏側が「赤地金丸」を採用しており、源氏が勝利したためにそれ以降の源氏の流れを汲む武家は「白地赤丸」の旗を掲げるようになり、天下統一を成し遂げたものの象徴だと扱われるに至った。

幕末から近代に至ってからは、日本の商船・軍船を示す旗として用いられるようになり、大日本帝国では陸軍御国旗として旭日旗を、海軍御国旗として日の丸が用いられた。こうした流れを受けて国旗として扱う法整備が検討され法案が議会に提出されたが、衆議院解散によって廃案になったために成立はしていない。

とはいえ、国歌は「君が代」、国旗は「日の丸」という扱いでの運用が広まり、大日本帝国においては事実上の国歌・国旗ということになっていた。

GHQに禁止される君が代斉唱と日章旗の掲揚

日本が大東亜戦争に敗れ、GHQ/SCAPの統治下となると、君が代の斉唱が禁止され、日章旗の掲揚も禁止されてしまう。

そういう意味では、GHQの主導で作られた日教組が、君が代の斉唱と日章旗の掲揚を嫌がるのは、原則に忠実であると言う事なのかも知れない。

昭和24年(1949年)1月1日に、GHQのマッカーサーは日本の国旗の使用を自由とし、国歌斉唱を認めている。ただし、新聞社や日本共産党、日教組などがこの頃盛んに「新国歌を作れ」と盛り上がっていたようで、日教組は今でもこの時作った「緑の山河」という歌を大切に歌い継いでいるようだ。

尤も、サンフランシスコ平和条約締結(昭和26年:1951年9月)以降は、日章旗も国歌も様々なシーンで使われるようになって、新しい国歌は根付くことはなかったようだ。

著作権の関係で引用することは避けておくが、「緑の山河」の印象としては随分勇ましい感じの歌詞なのは、何故なのか。ついでに2番に「平和の旗の さすところ」って、どんな旗なんですかね?

真っ赤な嘘と言論

日本共産党の嘘

上で説明してきた通り、古今和歌集から引用されて「君が代」の歌詞となったことは異論がないと思う。ただ、日本共産党のサイトを見ると、明らかな嘘がある。

親しい人の長寿を願う歌でした。ですから、もともとの歌では、「君」は「あなた」の意味で使われていたわけです。

「JCP」より

ここはそういった解釈はできて、「天皇のことを差すとは限らない」とは言えるのだけれども、「君」が「天皇を差す場合には、「君が代」は天皇の治世を差すと解釈するのは、古代から一貫していると考えるのが妥当である。

だから、以下のように続けるのは間違いである。

明治になって、ときの政府が曲をつけ、「君」とは「君主」つまり天皇の意味だと勝手に決め、「国歌」として国民に押しつけました。

「JCP」より

少なくとも、国歌に関して国民から強い異論がでたという事はなく、「勝手に決めた」というのもおかしい。古来からそういう解釈は存在したのだから。

歴史的にも「君」は天皇陛下

国民から異論が出なかった背景には、江戸時代には既に「君が代」の君が天皇陛下のことを指していて、例えば、室町から戦国時代頃に活躍した堯智という僧が、「古今集読人不知考」という書物で該当する歌について、初句を「君か代ともいうなり」とし、「我が大君の天の下知しめす」と解説している。

勅撰集に収められた賀歌に出てくる「君」は天皇陛下のことを指すことが殆どであったことから考えても、明治の時代に入る前から、広く「君」が天皇陛下のことを指すと認知されていた可能性は高い。

そして、天皇皇后両陛下の写真に向かって歌う場合に、それは国家安寧を願う歌だという事になるし、身内を思って歌えば、古来よりの解釈であるこの歌を受ける者の長寿を祝う意味に捉えれば良いのである。

専制君主制ではない

更にこの部分は明確な間違いだ。

立法・行政・司法権の頂点に立ち、軍の最高指揮権、宣戦布告権、非常大権など強大な権限をもつ文字どおりの専制君主でした。

「JCP」より

大日本帝国憲法で、天皇は万世一系で国を統治すると書かれているけれども、この「統治ス」は国を「しらす」という意味である。日本共産党の解釈だとこの統治は「うしはく」の意味である。「主人履く(うしはく)」は主として君臨する者が、国や民を所有物と見なして私的に支配する意味となるが、大日本帝国憲法を起草した井上毅はこれを明確に否定している。

日本共産党は、制定後に出てきた国体論に則っているようだが、これは統治権(第4条)や統帥権(第11条)を意図的に曲解している事から来ている。統治権の規定は、「天皇は、国の元首であって、統治権を総攬し、この憲法の条規により、これを行う」とある。ここいう「総攬」とは監督的な意味合いが強く、独裁の意味とは異なる。仮に独裁であれば、「憲法の条規により、これを行う」などという文言は不要だ。

更に、55条には「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス」とあって、国務大臣達が天皇陛下に対してその統治に間違いがないように「輔弼」すると規定されている。天皇陛下に統治権があるという構成上、国務大臣は輔弼する役割のみという事になっているが、自裁に天皇陛下が独断で何かを為したという実例はなく、各国務大臣が国政を取り仕切っていた。

イメージ的には、オーケストラで言う指揮者が天皇陛下という扱いなのだろう。

故に、天皇陛下が「専制君主」というのは明確な嘘で、正確には「立憲君主」である。まあ、この間違いはわざとなんだろうけど。

(注:独裁政治は国民の大多数の支持を得て権力を付与された独裁者によって行われる政治だが、専制君主政治は国民と身分の違う支配層が被支配層と無関係に営む統治のこと。大日本帝国憲法では一君万民の考えを採用していたので、独裁よりは専制君主の方が近いが、そもそも「憲法の条規によりこれを行う」とあるので、専制君主制は間違い)

解釈を巡る争い

そういう意味で、冒頭に紹介した現代の記事も狭量に過ぎる。

国立大学の卒業式や入学式に関連して、再び「君が代」の扱いに注目が集まっている。

「gendai.ismedia.jp」より

これは冒頭でも引用した記事の始まりだが、そもそもここから嘘がある。前述したように、この問題は既に決着しているのだ。法律に記載されることで、正しく国歌は「君が代」となっている。これを入学式や卒業式で歌うことは、国立大学のみならず、公立の教育機関であれば例外なく行うべきだ。

それは国際儀礼的な国旗、国歌の扱いから考えても当然の話で、少なからず敬意を払って国旗を仰ぎながら国歌を斉唱することが正しい。

無論、主義主張のある方がいる事を否定する積もりはないが。この場合は礼儀として敬意を払うべきだという事であるので、例外なく行うのが好ましい。

だから、「扱いに注目が集まっている」もなにもないんだよね。それを踏まえずに文章を書き始める辺りがなかなか不思議な話だ。

更に、解釈の話。

その最たるものが、「君が代」の「君」をめぐる解釈だ。

ネット上では、プロフィール欄に「保守」「愛国」などと記す者の多くが、実に珍妙な「君が代」解釈を支持している。それは、「君が代」の「君」が単に「あなた」を意味するというものだ。

「gendai.ismedia.jp」より

国歌として歌えば、「君」は天皇陛下のことで間違いでは無い。そういう歌なのだ。だが、国歌として歌わない選択肢をわざわざ否定するのもおかしな話だ。

なるほど、戦前期の歴史をまったく無視するという考え方はあるだろう。江戸時代以前に「君が代」という和歌の「君」が、単なる「あなた」として解釈されていた歴史はある。だから、江戸時代以前と戦後日本を直結させれば、「君が代」=ラブソング説を唱えることも不可能ではないかもしれない。

「gendai.ismedia.jp」より

後の方でこの様に書いているので、解釈を批判していると言うよりは戦前期の歴史を無視している態度を批判しているのだと分かるが、歌詞の解釈は個人の自由である。

そういう意味では「君が代」を反対している方々の方が、この「君」が「あなた」の意味だよという解釈を採用しそうなものだが、その辺りの言及はない模様。

「君が代」に関する乱暴な議論はほかにもたくさんある。ドイツで催された国歌コンクールで、「君が代」が優勝したなどという「都市伝説」もそのひとつだ。

「gendai.ismedia.jp」より

あと、これに関してはWikipedhiaに金田一春彦・安西愛子編の『日本の唱歌』という 講談社文庫を引用して明治36年に受傷したと紹介されている逸話なので、保守や右翼に噛みつくのはお門違いだろう。少なくとも都市伝説と断ずるのはどうなんだろう。

記事の内容はおかしな方向に

突っ込みを入れるのも野暮なので、少しだけにしておくが、冒頭の記事では後の方でこんな事を書いている。

だが、こと「君が代」に関する限り、彼らは「保守」でも「右翼」でもない。それは「君」の解釈を通じてすでに見たとおりだ。彼らの同類をあえて探すとすれば、それは、中国の「反日デモ」において「愛国無罪」をかかげて日本製品を破壊してまわった暴徒(モブ)であろう。それゆえ、彼らはむしろ「ネットモブ」とでも呼ぶのがふさわしい。

~~略~~

2020年には東京オリンピック・パラリンピックも催される。国歌はそのときにも問題になるだろう。現在こそ、ひとりひとりが歴史を振り返り、「君が代」の問題に向き合う好機ではないだろうか。このときにあたって、「愛国無罪」のクレーマーたちの跳梁跋扈は百害あって一利なしである。

「gendai.ismedia.jp」より

国歌の正しい歴史を認識して受け入れろというのは分かるが、結局この人、ウヨクキライなのね。

オリンピックで何故、国歌が問題になるのかが分からないのだが、現代の日本では国家は「君が代」、国旗は「日の丸」で決着がついている。

その上で、そこにどんな歴史があったのかを学ぶのかは大切であるし、一部の歴史をカットして曲解する事も間違いだろう。

コメント

  1. 個人的には君が代は国の繁栄を祈念したいい歌詞と思いますけどね。
     ラ・マルセイエーズや星条旗よ永遠なれの歌詞を左翼に人が聞いたら卒倒するのではなかろうかと。

    • 君が代は平和な歌ですよね、つくづく。
      国家の安寧を祈る天皇の存続を願うことで、国家の存続を願うという構造の分からない方には、あまり響かないのかもしれません。が、それこそ「君」=「大切な人」という解釈て歌ってもらって構わないのかと。

      フランス、アメリカの国家もなかなか凄いですが、ドイツもなかなかのものです。いろいろな国の国家を知ると、「何を大切にするのか」が象徴されていて面白いですよね。「前進あるのみ」の支那はまあ、アレですが。

      • フランスだったと思いますが、「歌詞が【血なまぐさい】ので歌詞を変えよう」という運動がありましたね。盛り上がりに欠け、いまだに歌詞は以前のまま。
        外国人にとっては、どうでもいい事ではありますが、外国人からどう思われるか、なんて考えないみたいですね。
        と言うか・・・私の場合は、外国の国家を「真面目に」聴いてはいないんですけどね。

        おまけ
        私、ハンドルネームを「音楽大好き」にしたんですけど、実は歌を聴いても【歌詞なんかはどうでもいい。歌詞なんか聞いていない】のです。声の響きは聴いているけどね。作詞家には申し訳ない気はしますが。。。こういう聴き方のメリットは「何語で歌っていても関係ない」、デメリットは、歌詞の意味、それに込められた感情が分からない。。ですね。

      • なるほど、仄聞ですが歌詞を変える話を聞いたことがあります。
        しかし、産まれてから慣れ親しんだ歌の歌詞を変えることが好ましいのか?というと、これまたなんとも。まあ、その国の国民が判断すれば良いのでしょうけれどね。

        音楽の歌詞ですが、僕も余り真面目に歌詞を聴くタイプの人間ではありません。
        時々、歌詞の内容に感じ入ることもありますが、「音」と「曲」の一部という認識の方が強いんですよね。ですから、さほど気にしないことが……。音楽の楽しみ方は人それぞれで良いハズですから、それでも問題は無いとは思うんですけどね。