【スペイン王国】カタルーニャは今度こそ独立できるか

欧州ニュース

このブログでは言及しておらず、この前のブログで突っ込んだことがあったのだが、スペインのカタルーニャ州が今度こそ独立の流れになってきているらしい。

スペイン・カタルーニャ独立派、過半維持

2021年2月16日 2:00

スペイン北東部のカタルーニャ州議会選挙で、独立派が過半数を維持した。独立派が新州政府樹立を主導し、独立や自治権拡大に向け中央政府との交渉のタイミングをうかがう可能性が高まった。ただ有権者の関心が新型コロナウイルス対策に向かっていることもあり、独立運動の急激な発展には進まない見通しだ。

「日本経済新聞」より

ニュースでは、「独立派が過半数を維持」ということなのだが、そもそもスペインの事情を知らないと、「ふーん」で終わってしまう話だ。

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カタルーニャの不幸な歴史

カタルーニャは独立志向

そもそも、スペインのカタルーニャ州というのは、どの辺りのあるのだろう。

カタルーニャはイベリア半島の根元に位置する地域で、地中海に面している。人口は日本の関東地方とほぼ同じ面積にスペインの全人口の16%にあたる約750万人が住んでいて、比較的人口密度の高い地域である。

カタルーニャ州の州都はバルセロナなので、州都の方がもしかしたら有名かも知れない。オリンピックをやったしね。

さて、この地域の独立志向が高いのは、歴史的経緯があってのこと。947年から1746年までバルセロナ伯が統治する地域であり、彼は当初フランク王国に臣従を誓っていたが、独立してしまう。1283年にカタルーニャ憲法が成立し、カタルーニャ君主国が統治を行う地域となる。

とはいえ、中世以降はスペイン帝国の一部になってしまうワケだが……。30年戦争(1618年~1648年)から波及したフランス・スペイン戦争(1635年~1659年)の終戦条約(ピレーネ条約)で、フランスに割譲されてしまう。更にスペイン継承戦争(1701年~1714年)を経て再びスペイン統治下に戻るが、カタルーニャでは憲法が禁止され、議会や政府が廃止され、公的な場でのカタルーニャ語の使用も禁止された。

ところが、1790年代になると再びカタルーニャ北部がフランス軍に占領されるなどの影響で、経済的に大きな打撃を受ける。結局、フランス勢力は再び力を盛り返したスペイン勢力によってこの地を追われ、カタルーニャは現代までスペインの一部としての立ち位置を得ている。これ以降、カタルーニャは、「スペインの工場」と呼ばれるまでに産業の発展を遂げるが、それと共にカタルーニャは自治権を獲得するようになる。スペインとフランスとの間で板挟みになってきた地域である。経済的な発展とともに体制からの弾圧をうけていれば、独立を志向するだけの土壌は十分に育つ。

この独立旗は1918年に作られたアスタラーダと呼ばれる非公式旗だが、この旗の下で民族解放が叫ばれるようになるのだ。

更に、スペイン内戦(1936年~1939年)を経てこの状況は悪化する。スペイン内戦では、フランシス・フランコが独裁政権を樹立に至るのだが、フランコ率いる右派反乱軍と対立したのが左派人民戦線政府で、これらとは別にカタルーニャやバスクといった地方では自立の動きが高まりつつ、人民戦線政府側に助力する形となった。が、不幸にも反乱軍の勝利となって、フランコのファシズム独裁政権が始まる。そして、スペイン内戦の最後の戦闘地域となったのがカタルーニャであったこともあり、フランコ体制下でカタルーニャは激しい弾圧を受ける。

ただまあ、ヨーロッパって基本的に虐殺の歴史なので、このレベルの不幸な話はあっちこっちに転がっていて、特にカタルーニャが悲惨だという話ではないのだけれど。

独立運動の高まり

そして、カタルーニャ独立運動が活発化する。が、それは2003年以降の話である。2003年、カタルーニャ州議会選挙で、カタルーニャ社会主義者党(PSC)、カタルーニャ共和主義左翼(ERC)、カタルーニャ緑のためのイニシアティブ=アスケーラ・ウニーダ・イ・アルタルナティーバ(ICV-EUiA)の3党連合体によるカタルーニャ3党連立政権が誕生する。

更に大きな転機となったのは2010年欧州ソブリン危機と呼ばれる、ギリシャ発の経済危機の波及である。ソブリン危機の影響を受けて、スペイン経済も危機的状況に陥る。だが、カタルーニャ経済は比較的好調であり、スペイン経済をカタルーニャ州が支えるような格好となる。カタルーニャ州の税金の9割は一度国庫に納められてから再配分されるのだが、再配分後は州内から拠出された額よりも州内に投資された額が少ない「財政赤字」となる。毎年約8%の財政赤字は、カタルーニャ州の人々が不満を募らせるのに十分は数字であった。

この結果、独立に批判的だった集中と統一(CiU)も独立派に傾いてしまう。CiUは2010年の州議会選挙で自治州政権に返り咲くが、スペイン中央政府との軋轢を修復することはできず、独立主義に大きく舵を切っていくことになる。

UPDATE2: スペイン・カタルーニャ州議会選で独立派が勝利、住民投票の実施は微妙

2012年11月26日11:01 午前

25日投票のスペイン・カタルーニャ州議会選(定数:135)では、スペインからの独立を主張する4政党が87議席と約3分の2の議席を獲得し勝利した。しかし、事前の世論調査とは異なり、独立派で議会第1党の「カタルーニャ集中と統一(CiU)」は議席を減らし、同党が目指す独立の是非を問う住民投票が実施されるかどうかは微妙な情勢となっている。

「ロイター」より

そして、2012年に独立デモが実施されると、CiUは州議会を解散して選挙を実施。この選挙でCiUは更に支持率を上げようと試みるも失敗して議席を減らす。そのことが非公式な独立住民投票(2014年11月9日)に繋がっていく。

スペイン、カタルーニャ独立の愚(社説)

2015年11月12日 14:15

歴史の分け目となる総選挙を来月に控えたスペインが、分離独立の手続き開始を宣言するカタルーニャ州議会の決議に激しく揺れている。深刻な経済危機から立ち直り始め、やっと政治と社会制度の刷新をめぐる議論に取りかかったスペインにとって、一つの国としての存亡にかかる憲法上の危機などおよそ望ましくない事態だ。

この3年間、繁栄の中で分離独立の機運を高める北東部カタルーニャ州とスペイン政府の対立は先鋭化した。背景には、経済危機に加え、右派の国民党政権がカタルーニャの自治拡大をめぐる協議を拒否したことがある。カタルーニャの州都バルセロナでは大規模な抗議行動と象徴的な挑発が繰り返され、スペイン政府は暗黙の脅しで応じてきた。それはうわべだけの戦争だったが、本物の衝突に発展する恐れが出てきた。

「日本経済新聞」より

更に2015年9月27日に行われた自治州議会選挙で独立賛成派が過半数を獲得するに至り、その流れは決定的なものとなった。

カルラス・プッチダモン氏の決断

で、2015年11月9日に、18ヶ月以内に独立するというカタルーニャ独立開始手続き開始宣言が採択されるに至る。

先出のCiUは2015年6月に解散に至るのだが、その構成組織であったCDCとERCが選挙連合ジュンツ・パル・シ(JxSÍ)を結成して自治州議会選挙で大勝利し、その結果を受けてプッチダモン氏が州議会の首相に選ばれる(2016年1月10日)。

プッチダモン氏が選んだ道は、独立を問う住民選挙の実施である。

カタルーニャは「独立国家となる権利を獲得」 独立投票で州政府

2017年10月2日

スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立を問う1日の住民投票を受けて、カルレス・プッチダモン州首相は同日夜、同州は独立国家となる権利を獲得したと宣言した。中央政府が「違法」とみなす住民投票では、阻止しようとする警官隊と住民が衝突。州政府によると、住民800人以上が負傷した。

「BBC」より

そんなものがスペイン中央政府に認められるはずもなく、住民投票阻止に動いて警官隊が動く騒ぎとなったが、この住民投票は実行され、投票率が4割に留まったものの9割超えの賛成を獲得し、プッチダモン氏はカタルーニャ独立宣言に署名(2017年10月10日)。その独立宣言は州議会でも賛成多数で承認されてしまう。

このため、中央政府はプッチダモン氏を州首相を解任。同時に、扇動罪や反乱罪などの容疑をかけられる羽目になる。

スペイン、カタルーニャ州の前閣僚ら収監-プチデモン氏に逮捕状請求

2017年11月3日 2:55 JST

スペインでは2日、複数のカタルーニャ独立支持者が失敗に終わった先週の独立宣言を理由に収監された。スペイン検察は、解任されベルギーに逃れたプチデモン前州首相の逮捕状を請求した。

「Bloomberg」より

もう、メチャクチャである。

プッチダモン氏は、亡命を画策して外国を転々とし、デンマークからドイツに入国した際に身柄を拘束されるも、裁判所で釈放されることが認められ、ドイツで滞在(事実上の亡命)することに。

なお、独立宣言そのものは、スペイン高等裁判所によって無効が宣言されている。

中央政府が健全化を目指した州議会選挙

不穏な「郵送投票」

そんな状況で行われた今回のカタルーニャ州議会選挙だったのだが、今回のこの州議会選挙でも不安のあるキーワードが。

 今回の選挙は、新型コロナウイルス感染を恐れる有権者が外出を控えるとみられ、投票率の低下が懸念されている。一部の選挙立会人は「感染リスクが拭えない」と、立ち会いを拒否する構えだ。

 また、郵送による期日前投票の増加で集計作業の煩雑化が予想される。州政府は投票日夜に「結果を発表できない可能性が高い」と警告する。

「時事通信」より

どうして郵送投票をやってしまうのか……。

ま、まあ、キット公正にやったに違いない。うん、ほら、立会人も……。あ、武漢ウイルスの影響でダメ。そうっすか。

独立後、カタルーニャは幸せになれるか?

更に中央政府は選挙にあたって、保健相として辣腕を振るったイジャ氏を州議会に送り込むべく、保健相を辞任させて選挙に備えた。

スペイン保健相が辞任、カタルーニャ首相に立候補

2021.1.27 07:52

スペインのサンチェス首相は26日、新型コロナウイルス対策に当たってきたイジャ保健相が同日辞任し、後任に地方行政相だったカロリナ・ダリアス氏を充てると発表した。イジャ氏は独立運動が続く北東部カタルーニャ自治州で2月に予定される州議会選に、反独立派のカタルーニャ社会党の州首相候補として出馬する。パイス紙によると、ダリアス氏の着任は27日。

今回の州議選は当初、独立派の二大勢力が再び第1党を争うとみられていた。しかしカタルーニャ社会党書記で、新型コロナ対策で知名度を上げたイジャ氏の立候補が昨年末発表されると情勢は一変。世論調査で同党が第1党争いに浮上した。

「産経新聞」より

この結果どうなったかというと……。

スペイン・カタルーニャ州議会選、独立派が過半数維持

2021/2/15 21:42(最終更新 2/15 21:43)

スペイン北東部カタルーニャ自治州議会選(135議席)が14日、投開票された。

~~略~~

州議会選では、中央政府のサンチェス政権を支える独立反対派のカタルーニャ社会党(PSC)が、33議席を獲得し第1党となった。国の新型コロナウイルス対策を指揮したイジャ前保健相が出馬して前回の17議席から躍進した。しかし、他の独立反対派勢力と合わせても過半数に届かない。

「毎日新聞」より

イジャ氏はかなり支持され、カタルーニャ州議会でも躍進したものの、結果的には独立派が過半数を維持するというような結果になってしまった。

正直、カタルーニャの不幸は理解出来るものの、独立したらどうなるのか?という事を考えると、何とも言いかねる。

そもそもスペインでは独立運動があちらこちらに

程度の差こそあれ、実はスペイン国内でも独立の議論のある地域は、Wikipedhiaによると以下の通り。

  • カタルーニャ:民主カタルーニャ、ジュンツ・パル・シが主張
  • バスク:エウスカルエリア・ビルドゥが主張
  • ガリシア:ガリシア国家主義者ブロック、ガリシア民主戦線が主張
  • アラゴン:アラゴン人の州が主張
  • アストゥリアス:ユニーダが主張
  • レオン:レオン民族連合が主張
  • アンダルシア:アンダルシア人民党が主張
  • カスティーリャ:カスティーリャの左派が主張
  • カナリア諸島:カナリア国家会議が主張
  • カンタブリア:カンタブリア国家主義者議会が主張
  • エストレマドゥーラ

スペインの成り立ちが、レコンキスタによってイスラム勢力を放逐しながら小国家を吸収して拡大し、建国された歴史的経緯があるので、スペインの内部には多数の民族が共存する状況にある。

スペインでは1975年11月22日にフランコ体制下で準備された王政復古がなされて、現在はスペイン王国というのが正式名称になっている。独裁体制を築いたフランコだったが、没後に独裁を維持出来なることを見越して王政に移行することを模索し、それが実現している。

スペイン王室は一時期断絶していたが、ファン・カルロス1世によって国家元首がスペイン国王となる体制になった。現在はフェリペ6世がその座に就いている。……まあ、ファン・カルロス1世は色々やらかして事実上の亡命をしてしまい、現在はアラブ首長国連邦にいるようだが。

ともあれ、スペインがそもそも自治州が多数集まって国家経営なされているような国なのである。程度の差こそあれ、「独立」を志向する方々がそれぞれの地域にいて、カタルーニャ州ではその傾向が鮮明であるということだね。

ヨーロッパも結構そんな話がある

更にそもそもヨーロッパの成り立ちから、あっちこっちで「独立」の話は結構残ってはいる。州議会で独立宣言を実現してしまうようなレベルのところは無いのだが、

例えばドイツであれば、バイエルン、アレマン、旧東ドイツ、ザクセン。

フランスであれば、ブルゴーニュ、北カタルーニャ、ザヴォワ、コルシカ、ブルターニュ、ノルマンディー、アルザス=ロレーヌ、オクシタニア、ガスコーニュ。

イギリスは割と知られているが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、コーンウォール、ウェセックス。

イタリアなら、パダーニャ、ヴェネツィア、チロル、サルディニア、南イタリア、シチリア、両シチリア。

ベルギーなら、フランドル地方。

デンマークであれば、フェロー諸島、グリーンランドと。

旧ソ連領もかなりの数の独立の話があるが、有名なところではウクライナのクリミア自治共和国、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国で、この3つはすでに独立宣言をしている。

まあ、ロシアの話はややこしいのでさておくとして、ヨーロッパ内で欧州連合(EU)という枠で何とかしようとしたのには、こうした民族問題を解消したいという意図もあった。とはいえ、EUそのものが失敗しつつあるのは皮肉だ。

EUは低空飛行しつつも、なんとか体制維持をしているが、イギリスが抜けてしまってドイツが厳しい状況を迎えていることを考えると、先が明るいとは言えないだろう。

そんな訳で、カタルーニャ州が独立したら幸せになれるかどうかは疑問だが、武漢ウイルス騒ぎあり、経済危機ありと、危機が訪れる毎にこういった話は盛り上がるのだろうね。

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