【応募工訴訟】韓国で三菱重工の資産売却が可能に

大韓民国

なかなか動かなかった応募工訴訟(徴用工訴訟)に関して、事態が動き出したようだ。

三菱重工の韓国内資産売却 公示送達の効力が10日午前0時に発生 挺身隊訴訟

2020.11.9 21:28

韓国人の元女子勤労挺身(ていしん)隊員らによる訴訟で、韓国最高裁が2018年11月に三菱重工業に賠償を命じた確定判決を受け、大田(テジョン)地裁が同社に韓国内資産の売却に関して意見を聞く「審問書」などの「公示送達」の効力が10日午前0時に発生。地裁は売却命令を出すことが可能となる。

「産経新聞」より

要は、戦後賠償に絡んで日本企業から金をふんだくろう!という話になってきているのである。

韓国政府は静観の構えのようだが……。

スポンサーリンク

今さらながら歴史的経緯を整理

何が発端だったのか

1.問題の根底には韓国併合にあった。

この問題、多くの人が知っているとは思うが、最初から整理をしておこう。なお、内容について迂遠に感じられる方は、青い付箋ボックスの内容だけ読んで頂ければ内容が分かるようになっている。

問題の根底にあるのは、日本最悪の選択であった韓国併合(明治43年:1910年8月29日)にある。ここで言う「韓国」は大韓帝国のことを意味しているので、人によっては朝鮮併合という言葉を使う方もいるが、正式には「韓国併合ニ関スル條約」に基づくので、多分韓国併合というのが正しいのだろう。

さておき、この時代の朝鮮半島は下関条約(明治27年:1894年7月25日)の影響で、棚ぼた式に独立してしまった李氏朝鮮が1897年に打ち立てた大韓帝国が統治していた。

……統治というのはちょっと烏滸がましいかもしれない。何故ならば、長期にわたって支那の属国であった朝鮮半島は己の国を統治する経験が全く無かった。長きに渡る冊封体制を脱した後に、国内を纏めることはできず、外国人からのアドバイスを活かして統治をしようと試みていたが、通貨問題により統治は頓挫。支那の地を治める清国に助けを求めるも、美味しい部分だけ摘まみ食いされて破綻。

もはや大韓帝国では朝鮮半島を治めることができなくなって、隣国であった日本に助けを求めたというのが、この頃の朝鮮半島の実情であった。

なお、非常に興味深いのが韓国語版の大韓帝国の説明である。

대한제국 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

記載ぶりはなかなか面白く、「大韓帝国を打ち立てた高宗皇帝(朝鮮半島の初代皇帝である)が、改革を推進するも失敗し、日本に外交権が剥奪されて、日本の保護国に転落した。1910年には日本帝国の植民地となり滅亡した」とある。

スゴいな!

朝鮮半島の悲惨な実情

2.当時の朝鮮半島を支配していた大韓帝国は、統治のために外国に頼るしかなかった。

この時代の朝鮮半島は、李氏朝鮮末期で閔妃という高宗の妻とその一族が中央の実権を握っていた。高宗の政治方針は閔妃とその一族に丸投げであり、皇帝に即位した後も政治実権を握ることはできなかった。しかし実権を握っていた閔妃は1895年10月8日に側近によって暗殺されてしまう。この閔妃暗殺事件に日本軍が関わっていたと報じられた結果(実際には逮捕された日本公使の三浦梧楼らは嫌疑不十分で釈放されており、関与していた可能性がある程度の話)、反日感情は更に高まるが、一方の大韓帝国の求心力は更に落ちていく結果となった。

高宗本人は皇帝になった後に光武改革という近代化政策を推し進めるが、その尽くが失敗して改革は頓挫してしまった。

明治38年(1905年)9月5日に大日本帝国と大韓帝国との間で結ばれた第二次日韓協約によって、大韓帝国の外交権は大日本帝国に接収されている。これを「日本に外交権が剥奪されて」と表現されているが、そもそもそれ以前はロシアに外交権が事実上握られていたため、正確にはロシアから日本に委譲された形と言えよう。

それ以前にも第一次日韓協約(明治37年:1904年8月22日)によって大韓帝国は大日本帝国に対して財政・外交の顧問を頼む立場になっていて、この条約を結んだ背景には大韓帝国の通貨政策の破綻があり、外交及び財政について一括して日本に頼らざるを得ない状況であった結果とも言える。

皇帝である高宗は、この状況を気に入らずにロシアやアメリカ、フランスやイギリスなどあっちこっちに密使を送って「告げ口外交」を行っていたようだ。これが第二次日韓協約の締結に至った経緯である。

日本には、朝鮮半島に対する影響力を高めてロシアや支那からの日本に対する外圧をはね除けようという意図があったことは否定しないが。

ともあれ、高宗にとっては色々と政治的にやらかした上で収拾をつけることができなくなって、日本に縋ってしまったという状況なのである。

情勢を見誤った高宗

3.それは大韓帝国皇帝の高宗は無能故であり、韓国併合を日本に持ちかける愚をおかしてしまう。

大韓帝国皇帝の高宗の政治的失敗は仕方が無いのだが、外国にその力を頼んだのは間違いであった。

実際に、朝鮮半島の内部における皇帝に対する反発は強く、一説によると閔妃とその一族が高宗の独断に怒って煽ったとも言われているが、日本からの独立を志す層が勢力を伸ばして、1919年1月21日に三・一運動が勃発。その時には高宗は既に死んでいたため(高宗の国葬を切っ掛けにして三・一運動が沸き起こったのだとも言われている。当時の大韓帝国では日本による高宗毒殺説が流布されていたようだ)、その混乱をその目で見る事は無かったようだが。

この高宗について、1905年に訪朝したアメリカ大統領のセオドア・ルーズベルトの末娘アリスは「皇帝らしい存在感はほとんどなく、哀れで、鈍感な様子だった」と述べているそうで、皇帝としてのカリスマが無かったことが彼の最大の不幸なのだろう。

実際に知られる逸話として、1896年2月11日に、高宗と世子(純宗:高宗の長男)は女官用のかごを使って王宮からロシア公使館へ逃げ込む話がある。閔妃暗殺事件の翌年に発生したこの事件は、清国の後ろ盾を失った高宗がロシアに近づいて後ろ盾になって貰おうとしていた矢先の話であり、既に朝鮮半島内には日本軍の影響があり、閔妃暗殺事件は日本側の関与による事件だという認識があったため、日本よりはロシアに面倒を見て貰おうという判断であったようだ。

だが、日露戦争(明治37年~明治38年:1904年~1905年)によってロシアが大日本帝国に敗れる事態になり、彼の目論見は脆くも崩れ去る。

何というか、本題に入る前に長々と歴史的な話を書いてしまったが、結局、大韓帝国にとっての不幸は、トップの皇帝・高宗とその取り巻きに知恵がなかったことだろう。

情勢的には大国であった清国を頼り、日清戦争(明治27年~明治28年:1894年~1895年)によって清国が敗れたことでその目論見が崩れ、その後にロシアを頼って日露戦争によってロシアが敗れたことで目論見が崩れたのだ。

この点について、大韓帝国に「見る目がなかった」というのは酷ではあるが、そもそも外国を頼ろうとしたということは大きな間違いではあったのだろう。

そして、この後、日本として大日本帝国と運命を共にするのだが、大東亜戦争(昭和12年~昭和27年:1937年~1952年)で日本がアメリカに敗れると、掌を返してアメリカの属国に鞍替えする。再び間違えてしまうのである。

韓国併合の後の誤り

4.しかしこの様な状況だったので、朝鮮半島の人々は、日本に出稼ぎ労働に出かけた。

大韓帝国は、何処かのタイミングで日本から独立すれば良かったのだろうが、大日本帝国が私財をなげうって朝鮮半島の近代化に寄与し、インフラ整備を始めとした様々な改革を行い、暮らし向きが良くなったことが彼らにとってはぬるま湯のように感じられたのかもしれない。

長々と書いたが、結局のところ朝鮮半島において長く冊封体制が続き、いよいよ近代化を目指した時期には不幸にもその国のトップの能力が足りずに没落してしまった。

つまり、こんな状態の朝鮮半島における平民達は、そりゃ幸せな暮らしをしていなかったわけで。この時期に朝鮮半島を訪れていたイギリス人のイザベラ・バードは、朝鮮紀行でその様子を赤裸々に綴っている。

イザベラ・バード(イザベラ・ルーシー・バード)は19世紀の旅行家で、アメリカやカナダ、日本やインド、チベットなど様々な場所を旅行してその紀行を本として出版している。日本については日本奥地紀行という本を出版したようだ。朝鮮半島にも1894年から1897年にかけて4度にわたっていて、末期の李氏朝鮮を訪れて当時の朝鮮の風俗や社会、政治情勢について調べ、朝鮮紀行に詳細に紹介している。その中で彼女は、「朝鮮半島には何もない」「汚物による悪臭が酷い」「ソウルこそこの世で一番不潔な町」と評していた。

それでも彼女が訪れたロシア国境部にあった沿海州(ロシア帝国)には、朝鮮人が住んでいて裕福な暮らしをしていたことに驚き、「朝鮮半島にクラス朝鮮人達が貧しい暮らしをしている理由は、それが貪欲で腐敗した官僚から自らを守る最良の防衛手段であったからだ」と分析している。

つまり、朝鮮半島に暮らす人々は大半が虐げられ、貧しい暮らしをしていたのだ。

彼らが日本に併合された後に、日本本土に働き口を求めて渡航したのは無理からぬ話だろう。

内務省警保局統計によれば、大正9年(1920年)には約3万人、昭和5年(1930年)には30万人の朝鮮人が日本に在留して出稼ぎ労働をしていた実態が記されており、昭和8年(1933年)には年間約5万人の朝鮮人が日本国内で増加して問題になっていた。昭和9年(1934年)には朝鮮人の移入を阻止するために、朝鮮、満州の開発と密航の取り締まりを強化している。

しかし、昭和12年(1937年)に大東亜戦争が勃発すると、日本国内に労働者が不足する事態を受けて朝鮮人渡航制限の解除がなされたために、更に日本国内の朝鮮人が増えていく。この結果、終戦直前には約200万人の朝鮮人が日本国内にいたとされている。

尤も、昭和21年(1946年)3月には、在日朝鮮人のうち140万人の期間希望者が日本政府の手配によって朝鮮に帰還しているので、敗戦後には一時的に大半の朝鮮人が帰国していることになる。

何れにしても、当時の朝鮮人達は自主的に日本本土に渡って働き口を求めたというのである。

臨時政府は何していたのか?

5.一方、テロ活動に勤しんだ臨時政府。

なお、現在の韓国の歴史に寄れば、三・一運動が起こった1919年に打ち立てられたとされる大韓民国臨時政府こそが正統な朝鮮半島を承継した者達だということになっている。

じゃあ併合された後の李氏朝鮮の末裔である朝鮮貴族達はどうか、というと、「日本が牛耳る韓国総督府に利用された可哀想な人々だ」というのが韓国人達の認識のようだ。いや、今では日本によって利益が供与されたために、その資産は取り上げなければならない!という親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法なる頭のおかしな法律の餌食になっているから、本気で哀れな人々なのかもしれないな。

いずれにせよ、韓国国内では韓国併合は違法であり、朝鮮半島の正統な後継者は大韓民国臨時政府であるというスタンスは、今の韓国政府も憲法に直接書き込むほどの徹底ぶりで貫いている。

しかし、そうであれば大韓民国臨時政府こそがこれらの貧しい人々を救わなければならなかったのだが、そんな事実は聞いたことが無い。

大韓民国臨時政府の樹立は上海で行われており、その後、拠点を重慶に移しているが、その活動は支那政府から支給された支援金を財源として民族運動を展開していた。

結局、その当時、大韓民国臨時政府は連合国からも枢軸国からも国家承認を受けることはできず、最後まで外国から正当な朝鮮半島の承継者として認められなかった。そりゃまあ、支那の八路軍(今の人民解放軍)に所属する下部組織として活動していただけの対日テロリスト達なので、そういう扱いでも仕方が無いと思う。

徴兵及び徴用に纏わる話

6.徴用された朝鮮人は凡そ20万人だとされているが、応募工問題では自由応募も含めた60万人以上が対象となる。

ところで、併合当時の朝鮮半島は「日本」の扱いになっていたため、戦時には動員がかけられて従軍したり、労働したりといった事があったのは事実だ。

ただし、法律的には朝鮮半島で徴用された人々は昭和19年(1944年)9月以降、昭和20年(1945年)3月までの7ヶ月間だけで、合法的に行われていた為に給料も支払われている。日本政府側の見解ではこの徴用されて日本国内で働いた朝鮮人は、約20万人であるとされており、自由募集など含めても総数66万7684人(一部資料では72万4787人)とされている。

徴兵についても昭和19年~20年の2年間で6万5千人となっていて、当然ながら給料は支払われている。

冒頭に出てくるニュースの女子勤労挺身隊というのは、大東亜戦争中に創設された勤労奉仕団の1つで、国家総動員法によって国内の女性を工場などでの勤労労働に従事させる際に構成された組織である。ただ、法律的には朝鮮半島の女性には適用されていない。

だが、実際に訴訟を起こされている日本企業の不二越や三菱重工には半島女子勤労挺身隊が動員された記録がある。

では、この半島女子勤労挺身隊、或いは朝鮮女子勤労挺身隊とは如何なる組織か?ということなのだが……、これは日本統治下の朝鮮において官斡旋の募集に応じた女性達のことを指している。

「半強制的であった」という証言はあるのだが、少なくとも形式は募集に応じた労働者であった。

挺身隊と慰安婦

7.更に、日本国内で言う挺身隊と、韓国が主張する挺身隊の概念は異なる。徴用、強制連行の意味するところも違う。

しかし、ややこしい事に、韓国国内において「挺身隊」というと「慰安婦」のことを指す。現在ではわざわざ誤用して使っているのだが、これは挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)という組織が意図的にこの言葉を誤認させる意図で広めているようだ。なお、挺対協は、現在では正義連と呼ばれる組織に変貌している。正式には「日本軍性奴隷問題解決のための正義記憶財団」という頭からお尻まで間違っている組織と挺対協が組織統合したことで作られた組織で、日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯の略称が正義連という事になるのだが、しつこくソウルにある在韓日本大使館前で違法な水曜デモを繰り返す活動家組織であり、世界各国でも日本の国際的地位を貶める活動をする組織でもある。

なお、この組織には韓国政府からの活動資金が提供されていることから、実質的な官制デモ組織とも言える。正義連の主な活動資金は一般寄付とソウル市からの助成金及び国の機関である女性家族部からの運営費供与などからなるようで。厄介な事に韓国国内で行われている訴訟のうち、慰安婦問題(売春婦問題)関連や徴用工問題(応募工問題)の訴訟にも、この正義連が関わっている。

でまあ、慰安婦にせよ挺身隊にせよ、わざわざ誤用しているのは、「何らかの狙い」によるものだと言われても仕方が無いだろう。

あちら側が主張する「慰安婦」は「実際には存在しなかった性奴隷」や「挺身隊」の意味を含むものであり、「徴用工」は「募集に応じて日本に渡航した人」も含む概念である。ついでに言うと「強制連行」というのは「募集に応じて日本に渡航した」という事実も含むらしい。

意味が分からない。

だが、敢えて言葉の定義をねじ曲げてくるのは韓国側のやり口なので、注意して聞く必要があるのは事実だ。

日韓基本条約

8.結局、日本の戦後処理の失敗と、それに付け込んだ韓国というのが、応募工訴訟の構図である。だが、基本的にはこの問題は完全かつ最終的に解決している。

さて、この問題に触れるときにもう一つ知っておく必要があるのが、日本の最大の過ちである韓国併合の次に間違いであったと言える日韓基本条約(昭和40年:1965年6月22日)である。

このブログでも何度か説明しているので、これもザックリ説明しておきたいのだが、この条約にも紆余曲折があった。

昭和24年(1949年)3月に頃から日本に対しては対日賠償要求をしたいと韓国は画策していたようだ。が、韓国はサンフランシスコ講和条約(昭和27年4月28日)にも参加できず、その目論見は実現出来ずにいた。

ところが李承晩は昭和27年1月18日に一方的に李承晩ラインなる線を勝手に設定し、それ以降、昭和40年に日韓基本条約が締結されるまでの13年間で日本の漁船233隻が拿捕され、漁師2791人が拘束され、5名が犠牲になっている。

この時期の日本には、海上自衛隊(昭和29年:1954年7月1日設置)も海上保安庁(昭和23年:1948年5月1日設立)も装備が不足していて、竹島への韓国人上陸を阻止することはできなかった。何度かは上陸した韓国人を排除することはあったようだが、結局、不法占拠を許してしまう状態になってしまった。

日韓基本条約でもこの不法占拠に関しては棚上げされてしまった事で、話がややこしくなってしまった。

しかし、国交樹立の上では過去の問題を解決しておかなければならないという認識は両国にあったようで、13年の間に様々な主張がなされて両国間の主張は対立した。だが、業を煮やしたアメリカが横槍を入れたお陰もあって、長きに渡った交渉は決着を見る。幸いなことに請求権協定(昭和40年:1965年6月22日)が同時に結ばれることで、過去における債権の放棄が決定された。

この結果、日本が韓国に残して来た全ての資産は放棄する代わりに、韓国が主張する対日債権も放棄する事になった。当然、交渉の中で徴用の話や募集工、売春婦達の話も出たが、「完全かつ最終的に解決」ということで決着し、日本は韓国に対して経済協力金を約11億ドル総統も支払うことを約束した。当時の韓国の国家予算が3.5億ドル、日本の国家予算が18億ドル程度であったことを考えれば、これが如何に膨大な金額であったかは理解できるだろう。

裁判で争われた虚構と今後の日本の対応

個人請求権は未だに存在

そんなわけで、上に説明した通り(付箋ボックス1~8の内容)、日本側から韓国側にこれ以上お金を出す必要は無い。少なくとも、日韓請求権協定によってこの問題は解決しているのである。

だが、韓国側はあの手この手で金を引っ張り出そうとしているというのが現状だ。韓国の裁判所で大騒ぎしているのはその手の話であり、冒頭の話も、「既に終わった話」なのだが、何故か韓国国内にて訴訟が起こされ、結果的に日本企業がお金を支払うような形になろうとしている。

既に存在しないものを裁判で争っているのは実に滑稽だな。

地裁は10月29日にも資産の差し押さえに関する公示送達をしており、こちらの効力は12月30日に発生する。対象となっている三菱重工の資産は特許権6件と商標権2件で、総額8億400万ウォン(約7200万円)相当。地裁は2つの公示送達の効力がそろう年末以降に、資産の売却(現金化)に向けた判断を出すものとみられている。

いわゆる徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じた韓国最高裁判決をめぐっては、大邱(テグ)地裁が日本製鉄に公示送達。効力が発生する12月9日以降に地裁が売却命令を出す可能性がある。

「産経新聞”三菱重工の韓国内資産売却 公示送達の効力が10日午前0時に発生 挺身隊訴訟”」より

本来であれば、請求権協定によって解決。万が一、そうで無かった場合にも、民法上の規定によって請求権は時効により消滅している。或いは除斥期間が経過しているため、何れにしても損害賠償請求は不可能である。この判断は、如何に韓国側に不利な内容であったにせよ、二国間の取り極である以上は守って頂かなければ困る(日本側からすれば、寧ろ大幅に譲歩した内容ではあるが、韓国にとってそんな事情は斟酌する気は無いのだろう)。諸外国の例で見ると、必ずしもこの手の協定は守られないのだが、しかし協定を前提にお付き合いしているのも事実だ。

しかしそれでも韓国最低裁判所(大法院)は、日韓請求権協定によって外交上の保護権が放棄されたが、個人請求権は放棄されていないと判断してしまったのである。

そして、今回、大法院のロジックによって被害者に賠償しろと言ったのは、慰謝料に基づく支払いというのがポイントである。

慰謝料は「精神的な苦痛」に対して支払われる

つまり、韓国側は「傷ついたニダ!金払え!」と言っているのに等しい。

呆れるより他に無いな。

しかし、慰謝料であったとしても時効は定められていて、これは日本の民法でいうと民法724条にあたり、3年の時効と20年の除斥期間が定められている。余裕でこれを経過しているのに、何に基づいて慰謝料を支払えと言っているのかはよく分からない。

そして、仮に支払う必要があった場合に、本来この手の「個人請求権」に対応するのは韓国政府であるハズだ。何故ならば、少なくとも日韓請求権協定で日本政府と韓国政府の間で話がついているのであり、既にこれは韓国国内の問題であるという事になっているのは国際的常識に照らしても明らかだ。

逆に、これを許してしまえば、韓国は日本に対して無限に金をせびることが可能になってしまう。流石にこれを日本政府が許してしまったら、政府としての立場がない。

それで無くとも、過去にアジア女性基金や日韓合意(平成27年:2015年12月28日)によって無駄な金を支払っているわけで、これ以上はもう無理だ。

韓国政府はこれを全て理解した上で、わざわざ「裁判所の判断に政府は口を差し挟めない」といって静観の構えだというのだが、現実的には政府公金で反日組織が活動している事を考えると、裁判所のこの判断も含めて自作自演といって差し支えない。つまり、韓国政府は確信犯で、これこそが韓国の常套手段でもある。

アメリカ大統領選挙の結果も影響する可能性が高い

だからこそ、筋から言っても日韓基本条約に反する行動である以上、日本政府はこれに対抗せざるを得ないのであり、その手法が何であるかはハッキリしないが……、少なくともアメリカのトランプ政権は日本の「対応」を「了解」しているだろうと思われる。

安倍氏もその辺りは抜かりなかったと思うし、菅氏はその路線を承継すると考えられるため、そうなるだろう。

問題は、バイデン氏がアメリカの大統領になった場合、日本は果たしてその「対応」を選択できるか?という事が心配される。バイデン氏が仮に大統領に就任するとしたら、来年1月頃になるといわれているが……、その後に日本が動かざるを得ない状況を迎えたら、話はもっとややこしくなるだろうな。

コメント

  1. 木霊様、皆さま、今晩は

    韓国、すごいですね。大胆というか、向こう見ずと言うか、相手が見えないというか。。。
    これで三菱グループが動いてしまったら、韓国は即死だと思うんですけど。なんせ、三菱グループの年間売上って韓国の国家予算より多いんですよ。
    それを敵にまわすとは、度胸あるね。

    • 韓国はそこまで考えていない可能性が高いと思いますよ。
      「戦犯企業」などと認定はしていますが、依存度もかなり高いのですよね。

  2. 木霊さん、おはようございます。

    南朝鮮に対する一連の厳しい対応は安倍内閣から菅内閣に継承されていると信じたいのですが、二階氏・日韓議員連盟が盛んに横やりを入れてますね。
    まず、この売国奴達に歯止めを掛けるか完全排除に進むべきなんですが、バイデン氏政権誕生となればオバマ元大統領時代の様にアメリカの余計なお節介が影響するのが不味いんじゃないかな。

    >問題は、バイデン氏がアメリカの大統領になった場合、日本は果たしてその「対応」を選択できるか?という事が心配される。その後に日本が動かざるを得ない状況を迎えたら、話はもっとややこしくなるだろうな。

    アメリカの日米韓安全保障を名目にし地域の安定を目指す生半端な仲介の動きが一番心配です。
    多分、交渉介入に当たってバイデン氏は日本国民の感情なんて無視でしょうし、結構ノー天気に仲介役を買って出そうな感じがします。
    アメリカ民主党政権の中核をなす国務省&国防省の高官・実務担当の理解度合を、日本は真剣に探らないといけませんね。

    菅首相が毅然とし冷徹に南朝鮮対応をアメリカに理解させる事ができるのか、まず国政の直近懸案では一番の課題となるでしょう。
    しかし話はシンプルであり、アメリカの圧力には「国家として国際法違反は認めないから断じてNo!!」を明言すべきであり、南朝鮮の国際法違反には「冷徹に粛々と厳しい制裁を課す」...、この2本の柱を一歩も譲ってはなりません。

    菅首相にとっては能力を試される最初の高いハードルとなりそうです。

    • 二階氏がどこまで力のある政治家なのかは知りませんが、色々おかしな動きをしてくれるのは気に入りませんよね。
      バイデン氏も結構二階氏みたいな政治家のようで、長期間政治家をやっている割に実績はよくわからない。でも政治家としての力はある。どこを向いているかわからない。まあ、そんな感じのようです。
      バイデン氏が大統領になったからといって、すぐさまおかしな話になるということではないと思うのですが、台湾あたりはやりにくでしょうねぇ。

  3. こんにちは。

    イザベラバードは意外と朝鮮人および朝鮮半島が好きだったんじゃないかなと思ってます。
    口の悪いおばさんなので率直に書き連ねた結果かなと。
    それでなければ4回も(日本は1回)行かないかなと。
    まあ朝鮮半島の政府高官が腐るのは御家芸なのです。

    • そうですね、そういう観点で考えたことはありませんでしたが、たしかにイザベラ・バードは旅行記で韓国のことをクソミソに書いている割には4回も行っているわけで、それなりに気に入っていたのでしょう。
      ただ、旅行記としての体裁を考えるのであれば、「見たこともないような、信じられないような世界」というのがウケるわけで、取材対象として興味深かったのだという風にも考えられると思いますよ。
      まあ、今となってはわかりませんが。

  4.  >木霊様
     長文、まとめとして非常に貴重です。保存させていただきます。
     どんな理由があっても、他国を併合したことは事実。我々にとって戦後の米軍占領下は屈辱であったように、どこの国にとっても、他国に支配されるのは屈辱であり慚愧に堪えないものである、という大前提は常に置いておくとして。
     我々は、その屈辱的な占領下の状態を招いたのは、結局自分自身である事を知っているし、総教育されています(やや自己批判が過ぎるとは思ってますが。誰のせいとは言わないけど)。
     そういった、事実ベースの(真実ベースではなく)歴史に則った振り返りが出来ないのが、彼らの限界であり、真摯なお付き合いが出来ない所以でもある、と、昨今はそこそこの日本人が気付き、わずかずつ諸外国も気付き始めた、というのが現状かと。
     閔妃なんて、確かちょっと前までは蛇蝎の如くに嫌われてたはずなのに、「日本兵に殺された」説が流布するやいなや国母扱いにまで復権してますし、高宗も古今東西史上希にみる暗君としか思えないのに、高宗がロシア大使館に逃げ込んだ抜け道が、歴史史跡として登録されて有り難がられてるくらいですからねぇ……(史跡として登録するのはいいと思いますが)。
     潜水艦に片っ端からテロリストの名前付けるあたりも、国際常識を無視してるというか、どこに敵対するつもりなのかわかりやすいというか。

     やることなすこと、どうしてこうも底が浅いのか……国民性は積み重なった歴史と文化に依存し、人種や遺伝子には依存しないと思ってますが、いやはや、これほどのダメダメ文化はどうして造成されたものか、研究対象としては非常に面白いとは思います。
     研究しても、食って行けそうにはないですが。

    • そうですね、日本として台湾や韓国にしたことそのものは「良い事」とは言えないでしょう。
      ただ……、悪い面だけではなかったハズなんですがね。

      さておき、雑多なまとめになってしまいましたが、読んで頂いて感謝。