決壊危機を迎える三峡ダムとその歴史

支那

そうそう決壊する事は無いと思うが、支那の三峡ダムが決壊するようなことになれば日本にまで影響を及ぼすと言われる。それほどの規模のダムなのだ。

では、支那にとってこの三峡ダムの建設は、一体どんな意味があったのだろうか?

世界最大の中国「三峡ダム」に決壊の脅威? 集中豪雨で大規模水害、そして…

2020年6月29日(月)11時35分

新型コロナの発生地とされる中国湖北省に、新たな脅威が迫っている。

集中豪雨により長江上流で大規模な水害が発生。中流域の同省宜昌市にある世界最大の水力発電ダム「三峡ダム」が決壊する恐れが出ている、と学者が指摘している。

「Newsweek」より

これは先日の記事ではあるが、まあアレだよ。心配することはないんじゃないかな……。今のところ、下流に放水することで水位上昇を抑えているみたいだしね。下流の町は水浸しらしいけど。

……ご愁傷様である。

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孫文による構想?

建国方策にて言及

さて、三峡ダムの構想は一体誰が?ということなのだが、実は1919年に孫文が建国方策の中で言及したのが初めてだとされる。

しかし、孫文が言及したのはあくまでもその方針だろう。何しろ、孫文は単なる革命家であって、建築工学的な知識を持ち合わせていたわけではない。政治家としてもどうなんだと、個人的には疑問に思うわけだが、支那では国父と呼ばれる存在である。

1949年に支那は革命によって誕生した国家である。革命とは過去の政治体制を打ち壊すことで成就されるものであるから、支那共産党について支那の4,000年の歴史を承継した等と表現するのは根本的な間違いだ。尤も、革命というのは基本的には政治体制を打ち倒すものであって、文化は次の政治体制に継承されるものと理解して良いハズなのだが……、支那は文化大革命(笑:1966年~1976年)を実施している。つまり文化も革命してしまったのだ。

故に、4000年の歴史があるとかそういうことを言うのは寧ろ失礼にあたる。支那は建国71年の歴史の浅い若い国なのである。

さておき、孫文がデカイダムについての妄想を垂れ流したらしいのだが、その後にあった文化大革命などによって建設計画は断絶してしまう。

今ある三峡ダムの構想が浮上して事業化調査報告が提出されたのは1983年の事だった。だから、草案はあったにせよ、実際に構想が練り直されたこの時期こそが三峡ダムの始まりと見るべきだろう。

李鵬が推進した三峡ダム構想

ではその時期に誰がこのダム構想を推進したのか?というと、当時の首相を務めていた李鵬であったとされている。

李鵬はモスクワ科学動力学院で水力エンジニアリングなどを学び、技術官僚として支那共産党内部で活躍していたとされている。そして国務院総理に指名され、六四天安門事件の時期には厳戒令の公布をするなど、一貫した強行策を採ることで有名であった。

三峡ダム構想も、まさに李鵬の強行策によって着工に漕ぎ着けた計画であり、当時は支那国内でも大反対が巻き起こっていたと言われるが、そこを押し切っての実現であったとされる。

1992年、第7期全人代第5回会議は三峡ダムの建設を、出席者2,633名中、賛成1,767名、反対177名、棄権664名、無投票25名により採択した。全会一致が基本である全人代において、これほどの反対・棄権が出るのは異例のことである[7]

「Wikipedia”三峡ダム”」より

この計画、果たして科学的裏付けがどのように取られたのかは、ハッキリしない。

確かに、支那の歴史において長江の洪水は幾度となく発生してきた。そしてその被害たるや、一度大洪水ともなれば何十万人という規模の人々が犠牲になっている。

ダム建設による洪水抑制というのは、ある意味必要な事だったのだろう。

しかし、李鵬も、李鵬の他にもダム建設計画に熱心であった胡錦濤も、三峡ダムの建設委員会主任を兼ねていた温家宝も、三峡ダムの完工式には出席しなかった。2006年5月20日に完成した三峡ダムの完工式では、大規模国家プロジェクトとして始まり、巨額の資金投入をしてまで完成したにも関わらず、大物政治家は挙って参加をしなかったようである。

なお、胡錦濤氏に関しては国家主席の任に就いてから、何故か三峡ダムを視察することはなく、これに関する言及は一度もなかった。胡錦濤氏は清華大学水力エンジニアリング学部で学んでおり、言わば水力発電について学び、卒業後は同大学の水力エンジニアリング学部の政治指導員として大学に残り、その後、政治家としてもダム建設事業にも加わっている。つまりダムについてはスペシャリストだったわけである。にもかかわらず言及したくなかったというのは、思う所があったと考えて間違いないだろう。だって、世界最大のダムなんだぜ?

しかし、その点について明確な説明をつけられる根拠は見つけられなかった。

何があったんだろうね?

改革開放による電力不足

さて、三峡ダム構想推進の背景には、改革開放による市場経済への移行(1978年~1992年)が行われた事で、電力不足が深刻化していたことも影響していたといわれている。

支那にとっての2大失敗政策、大躍進政策(1958年~1961年)と文化大革命(1966年~1976年)は、何れも毛沢東時代の負の遺産として、支那の執行部にとっても大きな爪痕として記憶されている。

鄧小平はこの失敗で疲弊した国内を立て直すために、4つの近代化を掲げて市場経済体制への移行を試みた。これは、結果からいうと経済的には成功したといって良いだろう。だが、支那共産党にとってこの市場経済の導入は、国内のコントロールを不能にするという負の面を持っていた。政治的にそれが成功したかどうかは極めて疑わしい。

市場経済導入によって経済成長は一気に進んだのだが、一方で都市部と農村部の格差は恐ろしい程のものとなった。この近代化によって人口爆発を懸念した支那共産党は、更なる愚策である一人っ子政策(1979年~2015年)を推進してしまう。

農村部の人口減少によって、支那国内の食糧不足が予想された事が大きな原因だったとされるのだが、それは結果的に農村部に黒孩子と呼ばれる子ども達を生み出した。ある意味、「チャウシェスクの子ども達」とは逆ベクトルで似たような結果を引き起こした話だ。共産党は世界各地でこんな歴史を築いている。

人口の話はともかく、電力不足は深刻であり、当時、原子力発電所の建設は世界中で始まっていたが、利水と発電のバランスが採れる水力発電は支那共産党にとって魅力だったのだろう。加えて、超大型工事による経済効果も非常に魅力的だったに違いない。

だが、出来上がったのは化け物のようなダムだった。

その制御は極めて困難であることは技術者であれば容易に想像が付いたはずだ。李鵬も胡錦濤も技術官僚としての知識があったし、温家宝も地質学についての造詣が深かったようで、大規模な貯水施設が周囲に如何なる影響を与えるのかについては、それなりに知識があったはずだ。

実際温家宝は、2008年に四川大地震が発生し地震発生から僅か数時間で被災地を訪れている。この判断は指導者としては最悪の選択であったが、結果的にこの行動は人民から高い人気を得ることになる。

しかし、リスクを負ってまで現地入りするという判断をした背景には、三峡ダムによる影響の懸念が頭を過ぎった可能性は否定できない。地質学に造詣が深かった故に、巨大ダムの水圧による地下への影響を考えなかったとは思えない。当時、三峡ダムの無事を自身の目で確認したかったのではないか?という気がするのだ。僕の憶測に過ぎない話だが。

検収検査ではひび割れが

ところで、三峡ダムの水力発電所の生み出す電力は年間1000億kWhと莫大であり、広大な支那が必要とする電力の2%を賄うことができる。

ダムから産み出されるこの莫大な電力と引き替えに、支那は巨大な爆弾を抱えることになった。

何のことかというと、ダムの施工品質について少々不安があるという話だ。

三峡ダム完成のために必要とした莫大な量のセメントは、総量で2800万立法メートルと発表されている。17年間に及ぶ大工事によって同ダムの建設は行われたのだが、その当時の支那におけるコンクリート構造物の施工品質はお世辞にも良いとはいえなかったようだ。

しかし、2003年、湛水開始前に中国国務院の技術者らがダムを検収調査した際、ダムの表面に80カ所以上のひび割れを見つけた。2008年の調査でも地盤の変形などが合計5286カ所見つかったほか、ダムの構造物や防水壁にも約1万カ所の亀裂が発見された。こうした事態を受けて建設関係者は突貫工事で修理を急ぎ、予定通り、2009年に竣工したとされる。

「ライブドアニュース」より

一般的にはコンクリート構造物にとって、ひび割れの存在はそれほど致命的な話に繋がらないことが多い。尤も、そのひび割れに適切に対処されれば、の話だが。

引用した記事には予定通りに進める為に突貫工事で修理をしたと書かれているが、コンクリート構造物で突貫工事となると嫌な予感しかしない。

コンクリート構造物にとっては、細かな表面のひび割れよりも内部にできてしまう可能性のあるボイド(空間)の方が質が悪い。そして、表面のひび割れからボイドに水が入ってしまうと、内部の鉄骨を腐食して強度が低下し、ダムとしての機能を失う可能性がある。

ダムの寿命は80年程度だとされている(日本の法定耐用年数)が、日本国内では100年前のダムも元気に稼働しているようなので、果たしていつの時点で寿命を迎えるのかはハッキリしない。適切に作られれば、恒久的な寿命を得られるという楽観的な意見もあるが、三峡ダムのような巨大なダムにそれが当てはまるのかどうかは誰にも分からない。

なお、三峡ダムの構想が持ち上がった時に検討させた技術者によれば30年程度しか保たないという論文が出されたともいうが……。

だが、三峡ダムに使われた総量で2800万立法メートルのコンクリートは、日本で1年間に出荷される生コンクリートの総量が8000万立法メートル(令和元年度の実績で8196万立方メートル)であることを考えるとちょっとスケール感が分からなくなってしまう。日本で1年間に出荷されるコンクリートの総量で、三峡ダムを3つ作れないというのである。端数切り上げで3つということにしておこう。

え?意外に少ない?

しかし、フレッシュコンクリートの製造は案外面倒で、果たしてダム周辺の土地で安定した品質のコンクリートが製造されたか?を考えると、膨大な量のコンクリートを16年間で供給しきったというのは相当恐ろしい話。

例えば、日本国内にあるコンクリートの工場数は3266工場なので、これを3で割り更に16で割ると、68という数字に。つまり三峡ダムを作る為にコンクリート工場が68工場必要で16年間フル稼働したという計算だ。もちろん、支那のやることは規模が大きいので、巨大なコンクリート工場を作ったのだろうが、それにしたって1箇所から供給というのはあり得ないだろう。日本の規格だと工場出荷から3時間以内にコンクリートを打設する必要があるわけで。何というか「本当にできたのかな?」という点に関しては疑念が残るわけだ。いや、実際に形は出来上がっているんだけれど。

何が言いたいかというと、コンクリートの品質的に本当に大丈夫なのか?ということだ。ついでにいうとダム建設を推進した李鵬はこの時期に随分と蓄財したと言われている。

その事がダム品質の低下に繋がっていなければ良いな!

パナマ文書流出によってその蓄財の事実が明らかになっている。

問題は、パナマ文書の中には(以下、敬称略)、習近平の親族を始め、張高麗や劉雲山など現役のチャイナ・セブン(習近平政権における中共中央政治局常務委員7名)の親族、あるいは曽慶紅、胡耀邦、果ては毛沢東の親族までが名を連ねているということだ。

「阿波羅新聞網」によれば、それらの関係者の名前は以下のようになる。

1.習近平(国家主席):習近平の姉の夫、トウ家貴が、オフショア会社2社の董事長で株主。

2.劉雲山(チャイナ・セブン、党内序列ナンバー5。イデオロギー担当):息子・劉楽飛の妻・賈麗青(エール大学MBA)が、オフショア会社1社の董事長で株主。

3.張高麗(チャイナ・セブンの党内序列ナンバー7。国務院第一副総理):娘婿の李聖溌がオフショア会社3社の董事長および株主。

4.李鵬(元国務院総理、1987年~1998年):娘の李小琳がオフショア会社1社の董事長および株主。

5.曽慶紅(元国家副主席、2002年~2007年):実の弟・曽慶淮がオフショア会社1社の董事長。

6.賈慶林(元チャイナ・ナイン、党内序列ナンバー4、2002年~2012年):孫娘の李紫丹がオフショア会社1社を所有。

7.薄熙来(元中共中央政治局委員、2007年~2012年):妻の谷開来がフランスの弁護士(Patrick Henri Devillers)とともにオフショア会社を利用してフランスに別荘を買い、2000年からは代理人を通してオフショア会社を開設していた。

8.胡耀邦(元中共中央総書記、1982年~1987年):三男の胡徳華がオフショア会社1社の董事長で株主。

9.毛沢東(建国の父!):孫の娘婿・陳東升がオフショア会社1社の董事長で株主。

「Newsweek」より

この記事でも言及されているが、李鵬の娘、李小琳がその文書に名を連ねている事を考えると、父親の残した巨大電力利権で肥え太り、海外に不正蓄財していたというストーリーが。

……残酷だな。

重力式コンクリートダム

コンクリートの質量を利用するダム

さて、三峡ダムの構造について少し言及しておこう。

Dreischluchtendamm_hauptwall_2006

巨大構造物である三峡ダムだが、重力式コンクリートダムという強固な形式の構造を採用している。

ダムとしては最も頑丈な形式であり、地震や洪水に強いといわれている。だが、ダムの建設条件として、基礎岩盤が強固な地点でないと建設が難しい。

この重力式コンクリートダムは、堤高を高くすることはあまり得意でないため、三峡ダムも高さは185m控えめではある。

案外、中空重力式ダムになっている危険性も……。

強制的に移住させられた人民はどこへ?

さて、これだけのダムを造ったわけだから、その流域に住んでいた人々にはどいて貰う必要がある。

中国、三峡ダム近辺からの脱出続く

2012年 5月 21日 21:56 JST

慶市のチャン・ハオミン氏の自宅の屋内の壁に2008年に亀裂が現れ始めた。これは新しい三峡ダムの上流にある貯水区の水位が限度近くに達した時期と重なる。

「当初の亀裂は小さいものだった」とチャン氏は貯水の表面から約3メートル上位にある自宅について語った。「町の政府は亀裂を監視するための張り紙をはらせた。その後この紙は少なくとも3回やぶれた」。

チャン氏を始めとした巨大な揚子江の貯水周辺の高台に住む数千もの住宅では、こうした張り紙が破れることは自宅の下にある地盤の沈下を意味し、そこを離れる時期であることを示す。

~~略~~

より標高の高い地域や、全く新しい地域へと移住した110万人もの人々の大半は、1993年から2008年にかけて建設された三峡ダムのために、現在は貯水区の水面下にある谷に住んでいた。

貯水区は湖北省や重慶の一部を含む総長175キロもの急な坂に囲まれた地域にある。これは世界最大の水力発電所の水源となっており、発電所は高成長とともに急増するエネルギー需要を満たすことに寄与することを念頭に建設された。

しかし、水面下にある谷よりも上部では、地盤沈下、地滑りのほか不動産に打撃を及ぼすさまざまな事件がここ数年で発生しており、より多くの人々の被害を回避すべきだとの声も広がっている。

「WSJ」より

ちょいと古い記事だが、なかなか衝撃的な話だな。日本ではとても考えられないのだけれど、支那では比較的容易に人民を移住させることが可能だ。国土が広いということはそういう点で有利なのかな。

中国・三峡ダムで400万人規模の新たな移住計画

2007年10月13日 15:19

中国で前年に稼働開始した三峡ダムの周辺地域に住む住民400万人を再移住させる計画が明らかになった。英字紙「チャイナ・デーリー」が12日、地元高官の話として報じた。同ダムに関しては、深刻な環境問題を引き起こす可能性を政府当局が指摘したばかり。

同紙が地元当局の話として伝えたところによると、総面積600キロの世界最大の同ダム付近に住む400万人に対し、今後10-15年で近くの重慶郊外への移住勧告が出された。共産党上層部もこの拡大移住計画を前月、承認しているという。

「AFP」より

重慶郊外への移住勧告という、簡単な手段で「移住してね」ということが可能らしい。移住した人々は今回の洪水の被害は受けたのか受けなかったのか。

支那共産党はそうした数字も把握していないのかも知れない。

瓦礫の撤去はダムの宿命

ところで、ダム湖で問題になるのは、上流から流れてくる土砂、瓦礫などである。

重慶市でも、押し寄せる砂礫で長江の水深が浅くなった。水底から取り除いた砂礫は50メートルも積みあがった。重慶大橋付近の川幅はもともと420メートルあったが、橋脚が砂礫に埋もれて砂州となり、今では川幅が約半分の240メートルに狭まっている。大型船舶の航行にも著しい支障をきたしている。

水が流れず、貯水できないダムなど何の役にも立たないが、三峡ダムが周囲に及ぼす悪影響は、この先、増えることはあっても減ることはないだろう。中国政府も技術者も根本的な解決策を見いだせず、すでに匙を投げてしまっているからだ。だれも責任を取ろうとする者がいないまま、今も三峡ダムは放置されている。

「東洋経済」より

この記事では「増えることはあっても減ることはない」と書かれているが、実際にダムのメンテナンスをする場合には浚渫という作業を行うことができる。

ダムにたまる瓦礫などは堆砂(たいしゃ)と呼ぶらしいのだが、その他にもヘドロなどがたまる傾向にある様だ。何しろ支那の環境に対する認識は低いので、ダムがゴミだらけになっていると言う話は、三峡ダムの問題としても指摘されている。

<三峡ダム>浮遊ゴミ、年間20万立方メートルを回収!清掃費は1.2億円超―中国

2010年11月10日 16:47

2010年11月4日、AFP通信は「中国の三峡ダムから回収される大量のゴミ」と題した記事を掲載し、世界最大のダム・三峡ダムから回収されるゴミの量が毎年20万立方メートル、回収費用は年間1000万元(約1億2200万円)にも達していると報じた。

~~略~~

回収したゴミのうち、最も多いのは枯れ枝や雑草などの漂流物だが、生活ゴミなども大量に含まれている。三峡ダムの位置する長江の上流には約1億5000万人が生活しており、沿岸の都市や町にはゴミ処理施設のないところが多く、ゴミを直接河川に投棄するケースもあるためだ。

「エキサイトニュース」より

えーと、ご愁傷様?

洪水を無事乗り切ったとしても、上流から大量の土砂やゴミが流れ込んでくることが予想される訳なんだけれども、それがダムの寿命を縮めかねないことはよく知られた話である。ただ、支那の場合はその状況が更に顕著になる可能性はあるんだけどね。

10年もたないと予言した科学者

そんな訳で、今回の洪水で直ちに三峡ダムがどうこう、という事には多分ならないとは思うのだけれども、それほど長期間運用できない危険性を孕んだダムではあると思う。

戦前、アメリカのイリノイ大学で博士号を取得した黄教授は、建国間もない中国で黄河ダム建設の計画が進められたときに強く反対し、毛沢東から「右派」の烙印を押されて22年間の強制労働に追われた。

1980年代に名誉回復した後、長江の三峡ダム建設が国家の議題にのぼると、中国政府に6度も上申書を提出して反対したが、鄧小平と李鵬首相(当時)に無視された。黄教授が反対した理由は、21世紀の今日、私たちが直面している危機的状況を言い当てたからにほかならない。

「東洋経済」より

予言通りであれば既にダムは壊れていることになるワケで、幸いにもその予言は外れたと思って良いと思う。

ただ……、「10年もたない」は外れたにせよ、長期間三峡ダムを運用して行くには心配な問題が多いのも事実ではある。特に、三峡ダムは川を運河として運用する為にそれなりの水量を溜めておく構造になっているだけに、寿命も短いのではないかと思われる。

歴史的背景を考えても、十分にリスクを予測し、対策をされて建設されたダムでは無いということは分かって頂けたと思う。三峡ダムの上流も下流も酷いことになっているようだが、決壊すれば更に悲惨な事態を引き起こすだろう。

随分と外部に向けて勇ましいことを言っている習近平氏だが、内心は三峡ダムのこともかなり恐れているのではないか?と、そんな気がしてならない。

コメント

  1. >そうそう決壊する事は無いと思うが、支那の三峡ダムが決壊するようなことになれば日本にまで影響を及ぼすと言われる。それほどの規模のダムなのだ。

    決壊すれば上海も水没するとか...? 恐らく、東シナ海はもちろん日本海にまで膨大な量の土砂・ゴミが流れ込み、特に漁業に甚大な被害が出る事を恐れます。
    そして、難民流入をどう処理するかも今の日本ではおぼつかないのがとても不安ですね。

    >引用した記事には予定通りに進める為に突貫工事で修理をしたと書かれているが、コンクリート構造物で突貫工事となるともはや嫌な予感しかしない。

    一帯一路で作った海外の支那製ダムのいくつかが崩壊したって話もあるようですから、そんな支那の技術(手抜きもアリ)で作られた三峡ダムの強靭度が不安一杯なのは当然じゃないかな。

    唯一の副産物的メリットは沿岸部に集中する空軍基地・軍港、そしてA2AD用ミサイル基地にも被害が及び東シナ海・南シナ海への覇権野望に少しはブレーキがかかるかもってことくらいでしょう。
    しかし、世界経済への大打撃・もしや何億人規模になるかもしれない、人道支援の国際社会の支出負担は天文学的数字になると想像するとゾッとしますね。

    死者が数百万人に及べば放置された河川の汚染から、再び大規模な伝染性疫病発生だってあり得ます。
    支那共産党は国民の生命なんかより面子と体制維持のみ最優先で突き進むでしょうから、国連人道支援・WHOの出番すら封じられ武漢ウィルス同様、全世界に大迷惑な厄災をばら撒いても平気の平左と思いますからね。

    何で人類にとって不幸しか招かないこんな非人道的覇権国が生まれてしまったのか? 歴史上未曽有の出来事と言えるんじゃないでしょうか。

    • 本日の記事も「三峡ダムアブナイ」というような切り口になってしまいました。
      ちなみに、決壊すると「上海」は海の下になる程度には影響がある様ですよ。

      本文中には書かなかったのですが、数年前に「おから建築」が有名になった事があります。
      支那のビルを建築するにあたって、内部に鉄筋がないとか、別のものが詰め込まれているとか。工事費を安くするための工夫、中抜きをするための工夫なんだといわれていますが、この傾向は「ここ最近流行っている」わけではありません。
      そういう事を考えると、コンクリ工場の話は俄然、ヤバさを増してくるわけですよ。

      更に、今は三峡ダムを守る為に水門を開けて下流に水を流している状況らしいので、上流も下流もかなりヤバい状況にあり、更に降り続く予報が出ています。地図が書き換わる日も遠くないかも知れませんよ。

  2. こんにちは。

    万が一、決壊したら下流にある原発はどうなるのか心配ですね。
    当然日本も他人事ではないので。
    三峡ダム下流の内陸部の原発は稼働しているのかどうかがわかりませんが化学薬品、原油貯蔵施設なんかも当然あると思いますので汚染もひどいことになりそうです。

    • 本日の記事に原発のことをちらりと触れました。
      決壊した場合にどの程度の影響が出るかはしっかり見積もられていない感じですが、笑って済ませる様な事態ではなさそうですよ。

      フクシマ50と呼ばれた技術者は日本にはあの時存在したわけですが、果たして支那の原発は誰が守ってくれるのでしょうかね。守らずに撤退なんて事もあるかも知れません。