アメリカが「戦線を縮小したいという気持ち」を持っているのは理解しているつもりだが、最近は特に露骨だな。今回のタリバンとの合意はそういった背景があったことは念頭においておくべきだろう。
米政府とタリバン 米軍完全撤退含む初の和平合意に署名
2020年3月1日 5時54分
2001年の同時多発テロ事件以降続くアフガニスタンでの軍事作戦をめぐり、アメリカ政府と反政府武装勢力タリバンは、アメリカ軍の完全撤退を含む初めての和平合意に署名しました。これを受けて、アフガニスタン政府とタリバンは3月上旬、直接対話を始める見通しですが、課題は多く、和平の先行きは見通せない状況です。
「NHKニュース」より
もちろん、和平合意がなされたとするのであれば、それは喜ぶべき事なのだろうと思う。だけど、この話はそんな単純な話では無さそうだ。
ちょっと武漢肺炎のニュースばかり扱っているのもどうかと思ったので、今回の記事は別の切り口で。
アメリカ政府は、なぜタリバンと和平合意をしたのか
タリバンって何?
「タリバン」の名前はニュースでそれなりの頻度で出てくるので、皆さん耳にしたことがあると思う。
だが、「何」と聞かれて正確に答えられる方はどれ程いるだろうか?少なくとも僕はネットで検索せざるを得なかった。
さて、タリバンとはどんな組織なのか?というと、イスラム原理主義組織で、パキスタンやアフガニスタンで活動する組織のようだ。ただ、基本的にイスラム教徒は原理主義(一般的には原理主義とは宗教内での超保守派の事を指すようだけれど、イスラムは他宗教を認めないので原則的に原理主義である)なので、意味合い的にはイスラム過激派というような解釈でイイと思う。
とにかく、アブナイ組織という認識ではあるが、使用される対象がアルカイーダとか、ISILだとか、ハマス、ヒズボラ、ムスリム同胞団など、テロ組織と定義しても外れていないというような状況なので、強ち間違ってはいないと思う。
ただ、誤解をされると困るのだが、イスラム教徒が恐ろしいという事では無いのである。イスラム教を利用して恐ろしい行動に出る組織がいると、そういう事だとご理解頂きたい。
アメリカが手を結んだ理由は
そんな集団とアメリカが何の約束をしたのか、という話になってくるわけだが……。
合意では、 ▽アフガニスタンに駐留する1万2000人から1万3000人のアメリカ軍について、135日以内に8600人まで削減するとともに、 ▽今回の発表から14か月以内に残りのアメリカ軍とNATOを中心とする国際部隊も完全撤退させるとしています。
また、 ▽タリバンの戦闘員など人質の交換の手続きに直ちに取りかかることや、 ▽タリバンに対する制裁の解除も進めるとしています。
ただ、その条件として、タリバンに対し、国際テロ組織アルカイダなどアメリカの安全を脅かすすべてのグループとの関係を断ち、アフガニスタンを再びテロの温床にしないことなどを求めています。
「NHKニュース」より
どうにもアメリカ政府は軍隊の撤退ありきでこの話をしているような感じである。
そもそも、この話、アメリカ軍が駐留しているアフガニスタンの意向が一切見えていない。2001年より19年もアメリカ軍が駐留していたことを考えると、何処かのタイミングで頭を切り換える必要があるのだとは思うのだけれども、今回の決定、合意は選挙対策の側面が強い気がする。
米 タリバンとの和平交渉大詰め アフガンで戦闘終結なるか
2020年2月22日 6時54分
「アメリカ史上、最も長い戦争」とも言われるアフガニスタンでの戦闘終結が実現するのか、アメリカと反政府武装勢力タリバンとの和平交渉が大詰めを迎えています。
~~略~~
この交渉でポンペイオ国務長官は21日、タリバン側とアフガニスタン全土で「暴力の削減措置」を取ることで合意したと発表しました。
事実上の停戦に向けた措置とみられ、ポンペイオ長官は「順守されれば、タリバンとの合意への前進が期待される。
「NHKニュース」より
選挙戦が始まっているアメリカで、トランプ氏にとって有利な状況を作り出したいという思惑があった事は間違い無いだろう。
ただ、手を結んだ相手がテロリストというのは、どうなんだろうね。
前回の二の舞は回避
そもそも、この手の和平合意、今回が初めてでは無いのだ。
ただアメリカ政府とタリバンは去年、和平合意の草案をまとめたあとに、タリバンのテロ攻撃でアメリカ兵が死亡し、一時、交渉が頓挫した経緯があります。
タリバンには複数の派閥があるとされ「暴力の削減措置」が完全に履行され、アフガニスタンでの戦闘終結が実現するのか和平交渉は大詰めを迎えています。
「NHKニュース」より
去年にも似たような合意が推し進められた結果、テロ攻撃が行われてアメリカ兵が死亡している。
米大統領、タリバンとの「秘密会談」中止 米兵死亡の爆破受け
2019年09月9日
アメリカのドナルド・トランプ米大統領は7日、アフガニスタンの和平を目指し、同国の反政府武装勢力タリバンとの「秘密会談」を米国内で予定していたが、それを取り止めたと表明した。タリバンは「アメリカは多くの損害を出す」と非難している。
「BBC」より
この記事では派閥に関する問題が言及されているが、そもそもテロリストと交渉することそのものが問題なのである。相手は、ルール外で戦う事を目的とした集団だ。合意など守るとはとても思えない。
トランプ大統領 アフガニスタンの駐留米軍削減に意欲
2020年2月26日 6時01分
アメリカのトランプ大統領はアフガニスタンの反政府武装勢力タリバンとの和平合意に向けた「暴力の削減措置」がこれまでのところ、順調に推移しているという認識を示し、現地に駐留するアメリカ軍の削減に改めて意欲を示しました。
「NHKニュース」より
駐留経費の削減の理由が出来さえすれば、合意の履行は重視していないのだろう。
実際に、タリバンの活動はアフガニスタンの国土全域に及んでいて、タリバンはアルカイーダとの関係も指摘されており、テロネットワークの一翼を担っている状況にある。
そうした中での裏切り行為は、果たして他のテロリストにはどう映るのだろうか?
支那の台頭に要注意
アフガニスタンに国境を接する国
さて、アフガニスタンの将来においてもう1つ懸念事項がある。

実は、僕も指摘されるまで気が付かなかったのだが、アフガニスタンは僅かばかり支那と国境を接する場所がある。そもそもパキスタンやタジキスタンは支那との関係の深い国なのだ。
中国マネーに沸くタジキスタン 中央アジアの最貧国に迫る「債務のわな」のリスク
2019.02.04
雪に覆われた山々が遠くに連なる首都ドゥシャンベ郊外のバルゾフ渓谷。片側1車線の整備された道路を、資材を積んだオレンジ色の中国製トラックがひっきりなしに行き来していた。
首都と北部を結ぶ主要な幹線だが、冬も通行可能になったのは数年前のこと。中国が約2.8億ドル(約310億円)を融資して改修したためだ。タクシー運転手のベフルース・ジヤコフ(27)は中国を「タジクの真の友」と呼んだ。「助けにきて、山を掘って、首都から外に出るチャンネルをつくってくれましたから」
「GLOBE+」より
特にタジキスタンは債務の罠に嵌まって、今や抜け出せない状況にある。数年のうちに支那に飲み込まれても不思議は無い。
そのお隣にあるアフガニスタンが、支那の脅威から逃れる事ができるわけも無い。弱っている相手には徹底的に強く出るのが支那である。
何が言いたいかというと、アメリカが引けば支那がココに「空白地帯」として入ってくる事はほぼ確実だろう。
アフガニスタンの債務
実際に、支那はアフガニスタンに対するアプローチを繰り返している。
中国がタリバンと会談 「建設的な役割を果たす」
[2019/09/24 00:36]
アフガニスタンの武装勢力「タリバン」がアメリカとの和平協議を中止したなか、中国がタリバンと接触して「建設的な役割を果たす」と和平協議の再開に協力する姿勢を示しました。
「ANNニュース」より
実際に、前回のアメリカとタリバンとの間の交渉がなされようとしている時にも、支那は干渉しようとして食い下がっていた。
「一帯一路」決議案の文言めぐり安保理で米中対立 アフガン支援団
2019.9.18 08:21
国連安全保障理事会は17日、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)の任期を来年9月17日まで延長する決議案を全会一致で採択した。決議をめぐっては中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」の文言を盛り込むかどうかで米中が対立し、最終的には中国側が譲歩して「一帯一路」を省いた決議案で合意した。
~~略~~
中国によるインフラ投資は巨額債務が発生するとの批判が強まっており、米国や西側の欧州諸国が「一帯一路」を省いた決議案を要求し、中国が決議案に拒否権発動をちらつかせるなどして議論が紛糾していた。
「産経新聞」より
実際に、支那の関与は度々ニュースになっていたし、アフガニスタン自身も支那から多額の借金をしている疑いが強い。
対中国債務に依存、ぜい弱な8カ国とは
2018 年 3 月 5 日 13:44 JST
中国は友好国の道路・港・空港を建設する事業に融資することで、それらの国々にとって強大な債権国となりつつあり、国際社会における中国の財政的影響力が増している。
~~略~~
国際的なシンクタンク「世界開発センター」の新しいデータは、その事業によってジプチ、キルギス、ラオス、モルディブ、モンゴル、モンテネグロ、タジキスタンの8カ国が経済的に脆弱になってしまった……。
「WSJ」より
会員制のサイトなので、見えている部分しか引用しないが、この中にも対支那融資によって経済依存している国としてアフガニスタンを紹介している。
少なくない対支那債務をアフガニスタンが抱えていると考えて間違いないだろう。
インドの事情
もう一つ気になるのは、このアフガニスタンの事情にインドが関与している可能性があるという点である。
トランプ氏を熱烈歓迎したインド 日本との連携鮮明に
2020.3.2 11:4
トランプ米大統領が2月24、25日、インドを初めて訪問した。任期が残り1年を切ったトランプ政権は終盤にさしかかっており、インドにとっては待ちわびた一大外交行事がようやく実現した形だ。モディ印首相は大量の市民を動員してトランプ氏を熱烈歓迎。軍事力を増強する中国を念頭に戦略的関係を深める両国は、「自由で開かれたインド太平洋」での協力を強調し、特に日本との連携を推し進めていく方針を鮮明にしている。
「産経新聞」より
トランプ氏がインドを訪れ、モディ氏と日本を含めた軍事的な連携を推進する方針を確認し、熱烈な歓迎を受けたニュースが流れた。
トランプ氏とモディ氏は、25日発表の共同声明で、中国を強く牽制(けんせい)した。インド太平洋地域で密接に協力する両国が「航行と上空飛行、海洋の合法的な利用の安全と自由」を支持し、南シナ海での行動規範について、「すべての国の合法的権利と利益を侵害しないよう促す」との内容は、中国による南シナ海の軍事拠点化にクギを刺したものだ。
「産経新聞」より
インドにとってアメリカを味方に付けることは、色々な面で都合が良い。
ここで「どのような約束が交わされた」のかは不明だが、インドがカシミール地方の問題で長年頭を悩ませている事情があり、そこにタリバンが関与している事は既に知られた話。
アフガニスタンに連動するジャム・カシミール情勢
ジャム・カシミール地域については、実は、アフガニスタン情勢の変化が大きな影響を与えたものとみられる。なぜかというと、そもそもジャム・カシミールにおいてテロ対策が必要になったのは、ジャム・カシミールの地元の人々がインドの政策に不満をかかえていたこともあるが、アフガニスタンからイスラム過激派が流入したこととも関係しているからだ。このことは2度のタイミングでみてとれる。1989年にソ連がアフガニスタンから撤退した後、ジャム・カシミールにおけるテロ活動が活発化したことは、イスラム過激派がアフガニスタンからジャム・カシミールに流入して活動し始めたことを示している。
~~略~~
アメリカに代わってアフガニスタン政府を支える国の一つとして、アメリカはやはりインドに期待している。インドは長年、現在のアフガニスタン政府を支援してきており、大使館以外に5つも領事館を設置、最近は戦闘ヘリコプターなどの供与・訓練・整備、ロシアと共同してアフガニスタンにある旧ソ連製装備の再生工場の設置などを行っている。アフガニスタンにおけるインフラ建設にも積極的に取り組み、道路工事はタリバンの激しい襲撃を受けて死傷者を出しながらも継続している。
「笹川平和財団」より
モディ氏にとって、アメリカ軍のアフガニスタン撤退がどのような効果をもたらす話になるのかはよく分からないが、パキスタンとの仲立ちをアメリカに頼める関係になれば、アフガニスタンのケツ持ちをする程度の話は、インドにとっては不利益にならない可能性はある。
アフガニスタンは否定
さて、途中で「アフガニスタンが」という風に言及したが、この話の問題点はアメリカとタリバンとが合意に至った時、そこにアフガニスタンの意思が反映されていないようだということだ。
少なくとも表向きはそこに登場していない。
タリバン捕虜解放「義務はない」 アフガニスタン大統領
2020年3月1日 20:40
【カブール共同】アフガニスタンのガニ大統領は1日、反政府武装勢力タリバンと米国が署名した和平合意に、アフガン政府が拘束するタリバンの捕虜最大5千人の解放が盛り込まれたことについて、実施する「義務はない」と述べた。解放の権限は米国でなくアフガン政府にあると強調した。首都カブールの記者会見で語った。
「沖縄タイムス」より
それが問題なのである。だからこそ、こんなアフガニスタン大統領の主張も通ってしまう。
流石にアメリカがアフガニスタンに対して何の情報も入れないで、この話を進めていたとは思えない。つまり、アフガニスタンは自らの利を得る為に、アメリカに何らかの譲歩を迫る態度を示したと言うことになる。
今後どう転ぶかは分からないが、単にアメリカがアフガニスタンから撤退するという、それだけの話では無いのだろう。もっと大きな事態が進行中なのだと、その様に感じた次第。
また、タリバンそのものがテロ組織であり、その内情が一枚岩では無いが故に、このアメリカとの約束が守られるかどうかは怪しい。話が前に進まない可能性もあるのだが……。
そうすると、この話はどうなっちゃうんですかねぇ?支那の影響下にあるアフガニスタンが、事前の合意を無視した態度に出ている可能性もあるのだけれど、何れにしても一悶着はありそうだ。
コメント
>僅かばかり支那と国境を接する場所がある。
CatShitOne ’80(御存知かどうか、小林源文氏の漫画)で、支那がアフガンを支援するシーンがありましたが、なるほどこの回廊を使っていたのか。
世界情勢は地政学とは切り離せないですが、そもそも地図をよく見ないとダメなんですね。元凶になります。
CatShitOne ’80は不勉強で知りませんでしたが、Amazonでちらっと中を見てきました。
動物のマンガかと思ったら、中身はかなりなんというか(苦笑
地図を見ると見えてくるものがあるという点は、同意しますよ。
木霊さん、おはようございます。
>アメリカが「戦線を縮小したいという気持ち」を持っているのは理解しているつもりだが、最近は特に露骨だな。今回のタリバンとの合意はそういった背景があったことは念頭においておくべきだろう。
なんか結果的に間違ったメッセージとなるのを恐れますね。
それにタリバン自体がまとまった勢力ではないと理解していましたから、主力の数部族を代表して和平合意なんかできるのかが疑問です。
超過激派なんかが従わずテロを激化させる可能性もあるんじゃないかなァ~。
P.S.
アフガニスタンが支那と国境で接し、地政学的に支那の影響(悪の支援)があるという内容は興味深かったです。
トランプ大統領のインド訪問は偶然じゃありませんね、真の意図を知りたいもんです。
このタイミングで一体何を考えているのか、という感じですね。
トランプ氏は公約で掲げた事を粛々と実行している感じでもありますが、このタイミングが適切だったのか?は、なかなか。
他の記事にも書きましたが、過激化が活発化するという話はしっかりあるようで、懸念事項になっているようです。
ただ、トランプ氏の主張も分かるのですよね。基本的には、自国のことは自国で解決すべきなのです。