ローマ教皇、Youは何しに日本へ?

日本ニュース

宗教関連のニュースを扱う時は、特に気をつけなければならないと思っている。

で、先に断りを入れておかねばならないと思うのだが、ローマ教皇を揶揄したようなタイトルになっているのだが、この記事でキリスト教を否定する積もりは毛頭無い。

ただ、今回のローマ教皇の訪問にはどうしても違和感が付きまとうので、その辺りを指摘したいと、そう思った次第。静かな怒りすら感じている。軽めの記事になっているんだけど、その辺りを注意してお付き合い願いたい。

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ローマ教皇38年ぶりに日本に来たる

ありがたいことに、ローマ教皇が38年ぶりに日本を訪れてくださった。

そして、大変ありがたいお言葉を頂いたようである。ふざけんな!

ローマ教皇 日本に「難民の受け入れを」

[2019/11/25 20:42]

 ミサに先立ち、フランシスコ教皇は都内の教会で難民留学生らと対話するイベントに出席し、日本がもっと難民を受け入れるよう呼び掛けました。

 フランシスコ教皇:「特にお願いしたいのは、友情の手を広げてひどくつらい目に遭って、皆さんの国に避難して来た人々を受け入れることです」  若者ら約900人が集まった「青年の集い」には難民申請者のほか、難民留学生も招待されました。フランシスコ教皇は難民や在留資格のない外国人などに対して日本が厳しい対応を取っていると指摘し、より寛容な政策で難民らを受け入れるよう訴えました。

「テレ朝NEWS」より

先ずはこの発言だ。

日本は難民を受け入れてはいないのか?

さて、割と良く言われる話なのだが、日本の難民受け入れは、世界でもかなり低いレベルにあると言う。

難民認定率、日本はたった0.2%。日本が難民受け入れに厳しい理由とは

投稿日:2019.04.21 更新日:2019.11.22

毎年、世界では何千万という人々が故郷を追われ、難民生活を送っています。 日本にも難民認定を求めてやってくる人が多くいますが、現在の日本は難民の受け入れに厳しい態度を取っています。いったいなぜなのでしょうか。日本の難民認定率がたった0.2%である理由を紐解いていきましょう。

「gooddo」より

難民の受け入れの是非は脇においておくとして、この数字、0.2%というのは、難民認定申請者数のうち実際に難民認定された人の数字ということのようだ。

2018年の申請者数10,493人に対して、42人が認定されている。

この数字になっている理由は、難民認定基準が厳しいことと、そもそも難民の定義が厳しいことに起因しているようだ。

確かに、わざわざ日本まで来て、審査が通らず難民になれない人がいることは、気の毒なことではあると思う。ただ、偽装難民が多いのも事実で、そうした人々まで受け入れると言うことが正しいのかは、疑いがある。

受入数トップになっているドイツがどんなことになっているかを考えると、日本の選択が本当に間違っているのか?という気になってしまう。

ドイツと難民

少々古い記事だが、1つ紹介しておこう。

「大量難民を受入れた法治国家ドイツの苦悩」ベルリン在住/福澤 啓臣 | 特集/日本を問う沖縄の民意

ドイツが多数の難民を受け入れている事実は有名ではあるが、難民の帰趨に関して触れる記事はそれほど多くない。

これらの数字を突き合わせてみると分かるが、4年間の登録者数と申請者数の合計では190,764人の差がある。この差はどこから来るのか。登録後EU内の他の国に行ったのかもしれない。あるいはドイツ国内に滞在しているが、正式に申請をしていないのか。あるいは一人の難民が異なる州で何回も登録したのか。登録は主に州の組織が処理し、申請は連邦政府の管轄であったが、両機関のコンピューターは繋がっていなかった。連邦制なので異なる州の間のコンピューターも繋がっていないし、同じプログラムを使っていない。実際に偽名で数回も登録したテロ容疑者が何人も見つかっている。

「現代の理論」より

この記事では、難民受け入れを選択したドイツの苦悩について触れているが、その中で心配な事実は、数字上で19万人も消えている点だ。

難民ゴーストは一体何処に行ったのだろうか?

現在ドイツの経済は順調だが、職種によっては労働力不足に悩まされている。その不足を埋めるために難民に期待が寄せられている。申請が受理された難民は即雇用ができる。暫定的保護を受けて、職業訓練(主に3年間)を終了した難民も雇用できればいいが、この「車線変更」と呼ばれるビザの切替はできない。そのため、せっかくドイツ語も覚え、訓練もして、職場で気心も知れている彼らを雇用できないのは、全く理不尽だと経済界から苦情が出ている。

「現代の理論」より

経済が好調だった頃のドイツにとっては、労働力として期待できる難民の存在が、経済に陰りが見えだした現在、どうなっているのだろうか?

2015年の時点ですら、ケルン大晦日集団性暴行事件(2015年12月31日~2016年1月1日)が発生している。女性からの被害届は516件、明らかになった3件の強姦。痛ましい事件ではあるが、しかしこれは難民が凶暴だという事を意味してはいない。

問題は、多数のマイノリティーとの文化的衝突が起きることで、民族間の軋轢が生まれてしまう点だ。事件発生率などの数字は取り上げられ、「難民は危険だ!」「いや、危険じゃない。犯罪数は減っている」と、様々な分析があるのだが、僕はそこが問題であるとは感じていない。寧ろ、対立構造を創り上げてしまうことそのものが問題だと、そう考えている。

ドイツ、極右過激化へ懸念深まる 政治家殺害や脅迫行為

2019.8.26 17:39

ドイツの極右勢力が難民や移民の大量流入への抗議をエスカレートさせている。難民支援を訴えた政治家が殺害されたほか、政界や言論界を標的にした脅迫行為が横行している。排他主義的な動機による銃乱射事件が米国で相次いだこともあり、ドイツでも憎悪犯罪が誘発されることに、警戒感が広がっている。

「産経新聞」より

対立構造が不満の捌け口となるリスクが高いのだ。

難民受け入れは「問題解決」にはならない

「全ての命を守りたい」というローマ教皇の想いは崇高であるとは思うのだけれども、難民を受け入れることは、難民にとっての救いには繋がらない。だからといって難民を受け入れない理由としてはいけないのだとは思うのだが、「受入数を増やせ」というのは、ローマ教皇の日本に対する政治的介入に他ならない。

受け入れの条件緩和、ということであったり、審査手続の簡略化などを求めるのであれば分かるんだが、「増やせ」というのはどうよ。

そもそも難民問題を解決するのであれば、直接、シリアやミャンマーなどに行かれれば良いでは無いか。

そして、シリア難民の発生を防ぐために「争いをやめよ」と主張し、ロヒンギャの為に安住の地を作り出す様に求めれば良い。

暮らした経験のない外国に逃げ出ささなければならない難民の発生する原因を少なくすることこそが大切じゃないのか?

……いや、記事になっていないだけで、たぶんローマ教皇は、そうした点についても指摘されたのだろう。そうで無ければおかしな話だ。きっと、バチカンでも多数の難民を受け入れ、支援しているに違いない。なお、バチカンに移住するためには極めて高いハードルがあるんだけどね。まさか、自国でやれないことを他国に求めるほど狭量な人間がローマ教皇の座に就くことはあるまい。

いじめにも言及する

どこの誰がローマ教皇の発言のシナリオを書くのか知らないが、イジメにまで言及したようだ。

教皇はいじめる側こそが弱い人間だと述べ、勇気を持って立ち上がり、いじめを止めることがもっとも有効な対策だと語り掛けました。

「テレ朝NEWS」より

弱いから他者に攻撃の刃を向けるという発言には賛同する部分もあるが、それに対して「勇気を持って立ち上がれ」というのは些か無責任ではないだろうか?

私事で申し訳無いが、僕自身もそれらしき立場にいたことがある。

つまり、イジメを受けていた……らしい。

だが、実に鈍感な事ではあるが、当時の僕はその事に「気がつかなかった」。自転車通学をしていて、毎日のようにタイヤがパンクしたところで、自分で修理していたし、ヘルメットが消えたところで「良くあること」だと片付けた。

幸いにして友達はそれなりにいたし、学生時代は毎日楽しかったので、些細なことを気にしても仕方が無いと、そう思っていた様な気がする。そしてそれはそのうち無くなっていった。今となってはちょっとどうかと思うわけだが。

しかし、もし当時、他人がその事を指摘して引っかき回していたとしたら、どうなっていただろうか?「立ち上がる」ということが正解に繋がらないことだってあるのだ。

一方で、イジメが多数の人間によって行われ、クラスの中で孤立するような事態になっていたとしたらどうだろう?誰かが立ち上がってそれを指摘したら、そのターゲットが指摘した人をにまで向いてしまったというケースはままある様だ。

もちろん、救いの手を差し伸べることが正解の場合だってあるだろうけれど、そう簡単に解決出来るのであれば、イジメが深刻な社会問題として取り上げられたりはしないのである。

原子力発電に言及する

さて、これとは別に原発についても言及されたようだ。

ローマ教皇「原発は安全性の保障を」

ローマ教皇フランシスコは、日本から帰国の飛行機の中で原子力発電について言及し、使用には安全性を保障することが必要だとの考えを強調しました。

~~略~~

「個人的な意見として、安全性が保障されるまでは私は原子力エネルギーを使わない」(ローマ教皇フランシスコ)

教皇は「原発で事故が起これば被害は甚大なものになる」として、使用には安全性を保障することが必要だとの考えを示しました。

「TBSニュース」より

安全性の保障ねぇ……。

ローマ教皇ともなると、原子力エネルギーかそうでないかの見極めが、電気を見るだけでできる様になるようだ。スゴイネ!

ローマ教皇の言う「安全性の保障」が一体、どんなレベルでどうすれば良いのか?が不明なので、これ以上言及することは難しい。

だが、何とも無責任な発言じゃないか。

ローマ教皇は日本からローマに向かう機中で行った記者会見で、24日に訪れた長崎と広島を振り返り、「心を動かされた」と語り、そのうえで「核兵器の使用と所持は道徳に反する」と改めて強調しました。

「TBSニュース」より

それと、日本は核兵器を使用もしていないし所持もしていないよ。

ここで核廃絶を訴えるくらいなら、アメリカ、ロシア、支那に行くとか、イランに行くとか、そうした事を具体的に考えた方が良いだろう。朝鮮半島に行くのも良いだろうね。

「核なき世界」へ団結を ローマ教皇、若者に希望託す―日本でカリスマ性発揮

2019年11月27日07時06分

フランシスコ・ローマ教皇(82)は26日、4日間の訪日を終え、帰国の途に就いた。「ロックスター」とも呼ばれるそのカリスマ性を各地で発揮し、市民らは熱烈に歓迎した。教皇のメッセージは明確だ。「核兵器なき世界」に向けてすべての人が「一致団結」すること。若い世代には、他者と命を分かち合うことの大切さを説いた。

~~略~~

教皇が24日に被爆地の長崎、広島両市で行った演説で、特に強調したのは核兵器による「抑止力」の否定だった。武器開発を「テロ行為」と糾弾し、「戦争のための原子力使用は犯罪」とも言い切った。

「時事通信」より

こんなことを日本に対する圧力として発言するのはどうかと思うよ。

菅義偉官房長官は25日の記者会見で、教皇が重視する核兵器禁止条約について「核を含めた米国の抑止力を維持・強化していくことが現実的で適切な考え方」と明言し、批准に否定的な姿勢を示した。教皇はその後、安倍晋三首相と会談したが、「核なき世界」の実現をめぐる両者の溝が改めて浮き彫りになった。

「時事通信」より

まあ、聖職者が理想を語るのは、大切な事なんだと思う。対して政治家が政治的に必要な発言をすることは大変重要だ。両者の溝が浮き彫りになるのは、仕方の無いことである。だって、立場が違うんだからさ。

自国第一主義の否定

あと、最後にトランプ氏の批判をしたっぽい。

教皇は一連の演説で、トランプ米大統領の「自国第一主義」を念頭に、世界で分断が進んでいることに強い懸念を表明した。分け隔てのないメッセージには、「世論をつくったり、選挙で指導者を変えたりしないと現状が変わらないという意識がある」(吉田センター長)ようだ。

「時事通信」より

世界の分断??

まあ、そう感じるのであればそうなんだろう。

ただ、世界の指導者が「自国第一主義」を唱えるのは、ある意味当然だ。アメリカがそうであるとすれば、支那だってそうなのだが……、支那に対して「人道的に問題」だと発言したり、「独裁を止めよ」「中華思想」「支那の夢」に関して言及したりしたのかい?

ローマ教皇フランシスコが手を差し伸べない、1億人の中国人クリスチャン

2019年11月26日(火)18時30分

ローマ教皇フランシスコが11月23日から26日の日程で日本を訪問した。ローマ教皇の訪日は1981年以来38年ぶりだ。アジア歴訪の一環として日本を選んだのにはそれなりの戦略からだろう。教皇はリベラルな姿勢を強く打ち出し、改革派として発声をし続けたが、受け入れ側の日本をはじめとするアジア諸国は踏み込んだ態度を示さない。教皇にとって忸怩(じくじ)たる旅かもしれない。

~~略~~

ただフランシスコ教皇が、現在まさに「痛みの中」で「苦しんでいる信者」に対して明確なメッセージを送らないのには不満がくすぶる。ほかでもない香港と台湾、そして中華人民共和国の「ヒツジ」たちだ。

教皇は就任以来、「宗教は人民を毒害する麻薬」であり、「カトリックは西欧列強の中国侵略の先兵だ」との歴史観を持つ中国政府と「密談」を重ねてきた。台湾の信者たちを裏切って共産中国と国交関係を結ぶのではないかと取り沙汰されたバチカンの動きに対し、台湾から反発が起きた。

それでも教皇は昨秋、中国政府と彼らが任命した司教の正統性を追認することで合意した。その後、民主主義を求める香港の若者たちと市民が抗議に立ち上がって半年がたったが、教皇から彼らへの支援のメッセージは届いていない。

「Newsweek」より

ローマ教皇が「全ての命を救いたい」というのであれば、チベットやウイグルの人々の命を是非とも救うように発言して欲しい。

ローマ教皇は、支那人の信者を救う事には興味がないんだろうか??

15年にキューバと米国の国交回復を仲介したほか、16年にはロシア正教会と和解して1054年以来続くキリスト教会の東西分裂を修復。司教任命権で対立してきた中国政府とも昨年、暫定合意にこぎつけるなど大きな節目になる偉業を次々に成し遂げてきた。

そこには「壁」を作ろうとするポピュリズムに身をもって対峙しようという強い意志がにじむ。

「日本経済新聞」より

案外、共和主義に興味があるのかもしれない。

もちろん、東側の国々にキリスト教の威光を広めることは大切な事だろうし、そのこと自体を否定する積もりは無いが、ダブスタはダメだと思うよ。

皮肉でなく、ローマ教皇は立派な聖人なのだろうとは思うけど、今回、来日してした発言は、どうにも納得しかねる感じだな。

汝隣人を愛せよ、それはキリスト教の教えかもしれないが、日本には碌な隣人がいないんだよ。台湾くらいだよね、まともに付き合えそうなのは。なのに、日本政府が支那に遠慮して政策を変えていない。そこのところも考え直すべきだろう。

コメント

  1. マスメディア反乱軍 より:

    宗教を語るのは「一人一人の心の話」で難しいですよね、僕はカルトに対しては批判しますが、これも何をもってカルトなのか断定するのは難しい。
    そして宗教の教え・祈り・理想等をクールに見ちゃうと、科学的な根拠は乏しく単に教条的で退屈ですから、信じれば救われるんでしょうし、細かい矛盾を探して批判すればいくらでもできちゃう、非常に厄介な分野だと考えます。

    でも、世界の宗教界で最も影響力(政治力+資金力)があり、その頂点であるローマ教皇なんですから、発言に対する責任があると思いますし、バランスが取れているかの自己検証は不可欠じゃないでしょうか。
    僕が残念なのは日本を訪問しながら、支那・北朝鮮など「人権蹂躙」に触れず結果的に放置しているのは何故?って事です。(カトリック教会自ら限界線を引いているのなら問題です)

    >受け入れの条件緩和、ということであったり、審査手続の簡略化などを求めるのであれば分かるんだが、「増やせ」というのはどうよ。
    >そもそも難民問題を解決するのであれば、直接、シリアやミャンマーなどに行かれれば良いでは無いか。

    記事のイシューである「難民受け入れ」についても、木霊さんご指摘の通り現実との乖離に大きな矛盾感と脱力感しか残りません。

    無神教(というか八百万神信仰で満足)の僕なんですが、数年前に散策した長崎の外海の静かで美しい海、時津地区の教会群の荘厳さと苦難の歴史...、自分自身の心に残した想いからも違和感があり過ぎた今回の訪日でした。

    P.S.
    さて、孫達家族と愉しむクリスマスが近づいてきました、今年は2回パーティーを企画中でツリーは既に飾って、今はメニューやらプレゼントやらケーキやらの準備でワクワク。
    つまり、いい年こいてオジジだけが盛り上がりハシャイで、ツリーのオーナメント買い足し過ぎとか奥さんに怒られる始末。(苦笑)

    人々に限りない喜びと希望をもたらしたとされる、偉大な「Little-Boy」の降誕を祝福し家族で愉しみたいですね。

    • 木霊 より:

      宗教は人間の心の支えになってくれる、それは否定しないんですけど、不純物が混ざると色々判断を狂わせるので厄介だと思います。
      特にキリスト教は巨大な信者を抱えていますし、過去に何度もやらかしているだけに、「平和を愛する宗教」というのには無理がありますよね。

      今回記事では触れませんでしたが、ローマ教皇は拉致問題については言及して頂けたようです。
      https://www.sankei.com/politics/news/191125/plt1911250019-n1.html
      ただ、立場的に安倍氏が「人道的な見地から、拉致問題に関しても応援してね」と持ち出せば、そりゃ無視するわけにも行かないので、これを北朝鮮に対するメッセージと持ち上げるレベルなのかはギモンが残ります。

      ところで、クリスマスや正月、最近ではハロウィンまで、分け隔てなく祝える日本である事は、素直に喜びたいですね。