首里城焼失、再建をする前に考えるべき事

沖縄

「沖縄の精神的な支え」などと口にする人もいるのだが、焼失した首里城正殿は1992年になってから再建されたものである。……随分と最近に出来た精神的な支えだな。

首里城の正殿、見る影もなく 一部区域を報道陣に公開

2019.11.5 07:24

火災で正殿などが焼失した首里城(那覇市)で4日、正殿などに通じる奉神門の正面の区域が報道陣に公開された。鮮やかな朱色が特徴的だった正殿は焼け落ちて見る影もなく、正殿前の中庭(御庭)にはがれきが散乱し、周辺には焦げたにおいが漂っていた。

「産経新聞」より

さて、僕の意見はさておき、沖縄県が首里城を再建するというのであれば、それはそれで良いのだと思う。ただ、その前に考えるべき事は幾つかあるだろう、そんなことを思った次第。

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その首里城は、ホンモノですか?

燃える首里城

燃えて何もなくなってしまった正殿だが、何とも残念な事ではあるな。

こんな状態になってしまったが、かつては見栄えの良い姿であった。

これが炎上してしまう。

かつて、韓国の南大門の消失のネタをこのブログでも扱ったことがあるが、韓国のことを笑えない惨状である。

そもそも首里城は、歴史的にも何度も火災に遭って来ており、歴史的経緯の中でその姿を変えてきていると言われている。

首里城の創建は14世紀末、とされているが、 享徳2年 (1453年)には志魯・布里の乱しろ・ふりのらんと呼ばれる王位争いによって消失している。このことは支那の史書「明実録」にも触れられているようだ。そして、3年後には再建がなされている(李朝実録より)。

首里城は当時からそれなりの規模を誇る建物であったことを考えると、当時、海洋国家として積極的な貿易により繁栄していたことを割り引いても、3年後の再建というのは如何にも早い。短期間での再建は、当時の琉球豪族が如何に強権的な支配をしていたか、が伺える証拠だろう。

二度目の焼失は琉球国が薩摩藩の付庸国となった後の万治3年(1660年)であり、この時の再建には11年の年月を要している。

三度目の焼失は宝永6年(1709年)のことで、正殿、北殿、南殿などが焼失している。この時の再建には6年の年月を要しており、薩摩藩から2万本近い原木を提供されている。

四度目の焼失は昭和20年(1945年5月27日)のことで、アメリカ軍艦ミシシッピなどから砲撃を受けて焼失し、戦争の影響を受けて多くの文化財が失われている。そして、戦後の首里城跡には琉球大学が建設され、多くの遺構がが撤去或いは埋められることになる。

それでも、沖縄では首里城の再建を望む声が多かったので、琉球大学は首里城跡から移転し、当時の写真などを用いて再建される(1992年)に至る。ただ、資料が少なかった為に、完全に再現することは難しかったようだ。

そして、令和元年(2019年)に五度目の焼失を迎える。

再建された後に分かった事実

で、様々な写真などを元に首里城は再建されたが、細かい部分での色使いなどが不明であったりと、曖昧な部分があった。

しかし、後にアメリカ軍が撮影していた写真が発見される。

べんがら色(朱色)で復元されていた正殿の屋根瓦の行方も注目だ。沖縄戦で焼失した正殿を復元しようとした際は白黒写真しか残っておらず、色を決めるのに難航。焼失前を知る人にヒヤリングしたが、「黒」「灰色」「赤」など諸説が飛び出したという経緯がある。

それから20年以上経った2014年の「新発見」が、再建に影響する可能性もある。消失直前のカラー画像の存在だ。太平洋戦争の資料収集に取り組む市民グループ「豊の国宇佐市塾」(大分県宇佐市)が、米国の国立公文書館から購入・分析を進めていたフィルムの中に写っていたのだ。1945年4月下旬~5月上旬ごろ、日本軍の拠点を攻撃する米軍の爆撃機から撮影されたとみられ、本殿の屋根瓦は黒く映っている。こういった新たな知見をどのように反映させるかも議論になりそうだ。

「J-CASTニュース」より

不鮮明な写真ではあるが、確かに全体的に黒っぽい瓦のようだ。

首里城の保全にあたっては、瓦の葺き替えなどの作業があっただろうと想定はされるが、瓦の色を変えるようなことは無かったと思われる。よって、この航空写真に写された姿は1712年のままの姿であると、その様に理解して良いだろう。

別の資料として、こんなものもある。ガラス製の乾板のポジに手作業で着色された着色写真のようで、当時の雰囲気を伝える意味では貴重な資料と言える。

こちらも黒っぽい瓦として表現されていることから、赤や茶色い瓦ではなかったことは間違いなさそうである。

手前に立っている龍柱も、昔の写真を見ると随分と小振りだったように見受けられる。ついでに言うと、龍柱が向いている方向も、その形状も何だか今とは違う様だ。

勢い余って形を変えちゃったというのであれば、ソレも仕方が無いことかも知れないが、龍柱に至っては今の方がショボイ気がするのは、多分気のせいじゃない。

それに、壁や柱の色は本当はどうだったか知らないけれど、写真から伝わる雰囲気的には赤く彩色されていた感じでは無さそうだぜ。

再建するにあたって問題になること

とまあ、瓦の色1つとってもなかなか頭の痛い話ではあるが、瓦に関して言うと別の問題もあるようだ。

首里城の瓦職人「当時の職人が他界し再現不可能」 「焼け残った赤瓦の再利用を」

11/5(火) 11:57配信

首里城の火災をめぐり、沖縄県内の瓦職人でつくる組合が、首里城の正殿に使われている瓦を再現するのは不可能だとして、焼け残った瓦を可能なかぎり再利用するよう訴えた。

県琉球赤瓦漆喰(しっくい)施工協同組合・田端忠代表理事は、「1枚でも2枚でも残ってもらえたら、復興のシンボルとか、教訓とか、いろんなものの役割を果たしていただけるんじゃないかなと」と述べた。

瓦職人の組合によると、正殿に使用された5万5,000枚の瓦は、現在では採取が困難な土を原料にしている。

また、土の配合や、焼く温度を知る当時の職人が他界しているという。

「FNNニュース」より

5万5000枚もの瓦の調達もなかなか困難を極めそうだが、「似ていれば何でも良い」という考え方もあるな。燃え残った瓦は資料として残すくらいの対応しかあるまい。

そして、多分木材を集めるにも一苦労があると思う。実際に、以前は島津藩から貰った実績があるし、前回の再建には台湾辺りから取り寄せたという話もある。

首里城再建、課題は資材や職人確保 元設計責任者が懸念

2019年11月2日23時09分

大火により焼損した首里城(那覇市)。正殿などの再建に向け、玉城デニー知事は「全身全霊で取り組む」と明言し、国も前向きだ。ただ再建には、大量の木材や赤瓦などが必要なうえ、職人の確保など課題は多い。

~~略~~

中本さんによると、強風や重い赤瓦屋根に耐えるため、直径1・5メートル以上、長さ約10メートルで湿気に強い木が百数十本は必要だった。本州の山林に、求めているような木があったが、地元の承諾などが得られず伐採できなかった。

調達できたのは、台湾のヒノキだった。「設計図は残っているので費用と資材が整えば再建は可能。だが、今は環境保護の意識も以前より高くなっている。調達できるだろうか」と心配する。

「朝日新聞」より

日本の林業がかなり厳しいことになっているので、日本の本土からかき集めるのは今回も難しいだろう。一方で、台湾から買うというのも、少々問題が出てくる可能性がある。

実のところ、台湾で林業は殆ど目を向けられない分野らしく、質の良い木材を大量に確保出来るかどうかは未知数だ。前回は出来たようだが、今回も手に入れられるとは限らない。台湾の林業は日本統治時代に日本が発展させたのだが、そもそも台湾では木材の需要が少ないらしく、林業がそのまま維持されているかどうかは怪しい。更に言えば、自然保護の観点から大量に切り出すのを拒否される可能性も当然にある。

お金の面の問題も出てくるとは思うが、その辺りもどのように工面するつもりなのか。

政府も手を貸すような話はしているけれども、ただでさえ巨額の費用を沖縄に投入しているのに、知事は「ソレとは別に」というムシの良い話をしているらしい。

首里城再建は沖縄予算と別枠に 公明幹事長 補正計上求める

2019年11月3日 10:35

公明党の斉藤鉄夫幹事長が2日来県し、焼失した首里城正殿などの再建費用について「沖縄の予算に圧迫が加わらないようにすべきで、実際にそうなると思う」と語り、沖縄関係予算と別枠で計上するとの認識を示した。さらに、本年度の補正予算に再建に関する費用を組み込み「初動をスタートすべきだ」と述べ、政権与党として早期再建に向けた財政支援の姿勢を強調した。

「琉球新報」より

国民としても支援の必要性は分かるが、一方で、沖縄県自らの失態で招いた出火である可能性が高いにもかかわらず、身銭を切るのを嫌がる姿勢はどうかと思う。

観光の目玉として、沖縄に恩恵をもたらす存在であると同時に、沖縄の精神的な支えというのであれば、自らの資金で再建してこそ、だと思うんだけどね。

火事に対する備えは万全ですか?

出火の火元は分電盤?

ハッキリした事は分かっていないが、分電盤が怪しいという報道はある。

首里城火災 焦げた分電盤 火元とされる正殿1階の北側で発見

2019年11月3日 11時53分

那覇市にある首里城で起きた火災で、火元とされる正殿1階の北側の焼け跡から焦げた分電盤が見つかっていたことが警察などへの取材で分かりました。警察は今回の火災との関連を調べるとともに、現場の検証を続けるなどして詳しい出火原因などの特定を急ぐことにしています。

「NHKニュース」より

分電盤の老朽化に伴う出火というのは、ソレほど珍しい話では無い。

しかし、最後に再建されたのは平成4年(1992年)のことで、建屋は国の所有物であったが、管理及び運営が国から沖縄県に移管されたのが2019年2月1日のこと。現在は、一般財団法人沖縄美ら島財団が管理業務を行っているという。

そうなってくると、果たして本当に適切に維持管理されていたかが問題になってくる。

スプリンクラーがあれば消火は出来たのか?

他にもスプリンクラーが設置されていない点も問題視されている。

首里城、スプリンクラー検討せず 国・沖縄県・指定管理者で責任定まらず

2019年11月2日 08:38

首里城の火災を受け、沖縄美ら島財団の花城良廣理事長は1日の記者会見で、スプリンクラーの必要性を問われ「設置義務があったかどうかは、私どもは関係しない」と述べた。その上で「県、国を含めて検討するところ」と述べ、財団を含めた三者で話し合うべき課題との認識を示した。火災を巡っては1日時点で出火原因が特定されておらず、責任の所在が定まっていない。

「沖縄タイムス」より

本来、一義的に責任を負うべき沖縄美ら島財団は、「おらしーらね」と責任逃れに終始しているが、分電盤からの出火と言うことになると、適切な清掃やメンテナンスが行われていたかが問題になる。

沖縄タイムスは「国に責任がある」と押し付けたいような雰囲気だが、金を国から出させるためには手段を選ばないだろうな。

首里城焼失 国が防火設備撤去 安全管理の見通しの甘さ浮き彫り

2019年11月2日 09:49

 那覇市首里当蔵町の首里城の正殿や北殿、南殿など計7棟が焼失した火災で、正殿の外に設置されていた「放水銃」と呼ばれる消火設備5基のうち1基を、2013年12月までに国が撤去していたことが1日、分かった。

「琉球新報」より

早速、琉球新報は放水銃の1つが撤去された事例を挙げて、「国の管理の甘さ」を指摘している。

しかし、ドレンチャーにせよ放水銃にせよ、今回の火消しに有効に機能したという事実は無いのである。実際に燃えてしまったしね。

まさか、このたった1基の放水銃が残されていれば、火事にならなかったとでも言う積もりだろうか?

 同財団が1日に行った会見では火災発生時、正殿の軒下に設置されていた「ドレンチャー」という外からの火を防ぐ消火設備のみが作動し、放水銃4基は火災による熱で近づけなかったため、使用できなかったことも明らかになった。

「琉球新報」より

そんな事実は無かったのである。タイトルで偏向したいというスケベ心丸出しだな。

では、スプリンクラーが設置できたかというと、これも少々怪しい。表し梁で天井が作られており、上手い具合に配管を隠せたとは到底思えない。少なくとも追加工事でなんとかできるレベルでは無かっただろう。

沖縄県は「管理隊世に問題は無かった」と強弁する

ところで、沖縄県としては責任を全面的に回避する意向のようだ。

首里城防火対策問題なしも検証へ

11月05日 12時08分

首里城の火災を受けて、県議会の常任委員会が開かれ、この中で、管理する県の担当者は、防火対策に問題はなかったという認識を示しました。 一方で、延焼を防げなかったことから、適切だったかどうか検証していく考えを示しました。

~~略~~

また放水銃については、当初は5基設置されていたものの、正殿裏の新しい施設の設置に伴い、支障になることから、1基を撤去し、代わりに消火栓を設置していたということです。

その上で宜保参事は、「スプリンクラーの設置義務はなく、国が管理していた時と同様に管理を行ってきた。県としては消防設備は法令を満たしていて十分だったと認識している。ただ延焼を食い止められなかったことは事実であり適切だったかどうか検証し、再建計画に生かしていきたい」と述べました。

「NHKニュース」より

ナニヲイッテイルンダこいつらは。

焼失してしまった以上、防火対策に問題があったのだ。

「国と同じ管理だから問題無い」というのはおかしな理屈で、「延焼を食い止められなかったこと」も事実なら、「正殿が燃えてしまったこと」もまた事実である。

たまたま国が管理している時には火事にならなかっただけかもしれないが、県が「同じ手法だったから問題無い」というのは、オカシイ。言い逃れしたところで、燃えた事実は変わらないのだ。

夜間の作業の影響

そして、火元となった正殿では、その当日、未明まで祭りの準備のための作業が行われていたと言う。

首里城火災、火元は正殿か 付近で未明まで祭りの作業

2019年10月31日11時48分

31日午前2時40分ごろ、那覇市の首里城の警備を担当している会社から「正殿の火災報知設備が作動し、煙が見える」と119番通報があった。消防によると、首里城の中心的建造物である「正殿」が全焼するなど、6棟計4200平方メートルが燃えた。さらに城内の建物の一部にも延焼した。けが人の情報はなく、午前11時に鎮圧状態になった。

~~略~~

首里城では27日から11月3日まで「首里城祭」を開催中で、城を管理・運営する沖縄美ら島財団の広報担当者によると、職員らが31日未明まで正殿付近で作業をしていた。ただ、作業で火気を使うことはなかったという。

「朝日新聞」より

担当者の言う「火気を使うことは無かった」というのは甚だ怪しいが、ソレが本当だったとしても、祭りの準備で灯りを必要とし、ソレの電源を分電盤から引いていた可能性は高そうだ。

管理が沖縄県に移った途端に火事で焼失というのは、少々出来すぎている気がするが、維持管理を任されている一般財団法人沖縄美ら島財団は、国営管理の時から引き続き維持管理しているため、管理態勢が大きく変わったと言うことは無かろう。

が、その辺りはしっかり検証されるべき内容であることは疑いがない。出火原因の特定は、その理由の如何に関わらず必須だ。

33年間で240億円

そして、再建にお金がかかるのは事実だ。

首里城再建 費用負担焦点に 復元にかかった総事業費は33年間で240億

2019年11月1日 11:21

31日の首里城焼失を受け、政府内では再建に向けた検討が加速している。内閣府によると、焼失前の首里城の復元にかかった総事業費は1986~2018年度の33年間で約240億円に上る。再建には相当の期間と費用がかかることも予想される。沖縄観光の面でも首里城の存在は大きいため、政府関係者は「絶対に復元させないといけない」と話し、早期再建に意欲を示している。

「琉球新報」より

当時かかった費用よりも大幅に予算が必要であることは、材料の調達の難しさから言っても疑い様が無いだろう。

その費用の捻出の方法は揉めはするだろうが、政府も沖縄県も「再建する」という点では同じ方向を向いているのだから、そう心配する必要は無かろうと思う。

だが、ソレだけのお金をかけて再建をするのであれば、「何を」「どんな風に」作るのかは明確にすべきだ。少なくとも防火体制はしっかり見直すべきだし、夜間、防犯用の警報がなったという情報もあって、本当に放火でなかったのか?を含めてしっかりと見直すべきだろう。

どうにも昨今の議論は「再建」に集中しすぎていて、本来、首里城がどうあるべきか?なんて観点は忘れ去られている気がするのである。

失われた部分と、失われていない部分とのバランスのことも考えねばならないだろう。

そして、失われていない部分に関しても防火体制については似たような話だろうから、そもそも「どうするのか」は今一度見直すべきだろうと思う。

時間をかければ良いというものではないが、かつての首里城の写真資料などを目にすると、焼失する前の状態は、赤く塗りすぎて些か下品な様に思える。果たして、その形に再現するのが望ましいかどうかも含めて、しっかりと検証する必要があるのでは無いだろうか?

コメント

  1. まり より:

    国の管理が甘いというなら、辺野古の管理運営も
    国が責任を持って強化しても文句言うなかれ。
    県の管理は法に沿ってるから問題無いというなら、
    今後、福島原発事故を文句言うなかれ。
    修復に金を出させるなら、文句言うなかれ。

    姫ゆりの塔だけでは一般観光客は呼べない。

    • 木霊 より:

      追記に書いたのですが、この話はかなり「きな臭い」勢力の暗躍が噂されていて、今後の推移は見守っていきたいと思っています。

  2. マスメディア反乱軍 より:

    木霊さん、おはようございます。

    それぞれの思い入れ・思惑は別にして、国も与党も沖縄県も多くの国民も必死なのは、心情的に理解するつもりです、・・・が。

    僕の基本的なスタンスだけ書いておきますね。
    日本の国宝や文化財(無形文化財含む)はもちろん、世界中に存在する芸術品・建築物を愛しており、生きている間に一つでも多くの作品に観たい・触れたいというのが、大袈裟に言えば僕のライフワークでもあります。

    しかし、形あるものは天変地異や今回の様なケースで無残にも失われてしまうのも世の常...、つまり「諸行無常」って事です。
    個人的に所有する家宝の焼き物や陶器なんかでも落として割れちゃう事だってあるし、掛け軸に幼い子供が落書きしたり破いちゃったりする事はあるわけですもん。(笑)

    でも、あのヒトラーですらWWⅡで文化財がある場所は狙わなかったし、アメリカも皇居・京都を空爆しなかったのは、戦略的優先順位もあった事でしょうが、何よりも「人類の遺産の破壊行為者」として加担する汚名だけは嫌だったからでしょう。

    古代史を振り返るとギリシア・ローマ時代の膨大な芸術品は、偶像崇拝を禁じる異教徒(キリスト教・イスラム教)の暴挙によって破壊され尽くされ、現存する芸術品はほんの数%もないんじゃないかな。
    例えば、多くの人々を魅了する美しい「ミロのビーナス」は、テベリ河から偶然引き上げられた奇跡、それでも腕がないので完全体ではありませんからね。

    人間が創ったものはしょせんは虚しい存在...、だからこそ今生きる人類が大切に保存・保全したり国宝化・遺産化して、重要な文化として子孫に残すべき「ギフト」じゃないかな。

    さて、首里城ですが木材を含め材料の調達が難しいとか、職人さんがいないので再現建築は困難とか、こんな僕にとってはどうでもいい事ですねェ~。
    戦前・戦後再建された日本各地の名城と同じように、石垣・土台を元に「コンクリート主体」で再現すればいい。

    そもそも歴史考証も怪しく、日本人として違和感がある変な赤色も不自然過ぎですし、この際日本古来の城「黒塗り・漆喰」に準じた伝統建築で、寄付を含め集まった予算内で済ませればいいんじゃないかと考えます。
    材料も近代建築で優れた素材が沢山開発されていますから、「観せるべき処」には高級な木材や瓦をふんだんに使ていいと思いますが、強度・耐火・セキュリティには「被災に耐えうる優れた構造とする」さえ間違えなければ、現在の日本建築技術なら立派に再建できると思いますよ。

    僕は「形あるもの...。」の喪失感より、「人間の尊厳として...。」の喪失の方を絶対的に恐れています。

    P.S.
    東日本大震災を筆頭に台風被害や大雨洪水で普通の生活さえできず、苦しんでいる人達がたくさんいらっしゃいます。
    最優先すべきはそこじゃないかな?

    • 木霊 より:

      コンクリート製で「再現」ですか。
      それは考えたんですが、逆に、「燃えるけれど木製に拘る」というスタンスの方が良いのかな?と。
      木造建築の手法こそが日本の財産であると言える、そう考えていて、昨今の住宅事情のように、ガレージキットのように工場で作って現地で組み立てるスタンスが進んでいるのを見るについて、「それもありかな」という感想と、一方で「守るべきところは守るべきだ」という感情がせめぎ合います。
      タダでさえ、日本の大工のレベルは低下していると言われていて、施工の手抜きどころか……。

      このネタはまた別でやりますか。

      • マスメディア反乱軍 より:

        >木造建築の手法こそが日本の財産であると言える、そう考えていて、昨今の住宅事情のように、ガレージキットのように工場で作って現地で組み立てるスタンスが進んでいるのを見るについて、「それもありかな」という感想と、一方で「守るべきところは守るべきだ」という感情がせめぎ合います。

        僕も同じ感情というか個人的感傷で、日本伝統の木造建築の素晴らしさを体感する時がたくさんあります。

        私事ではありますが8年前に亡くなった義父は、神社仏閣も手掛ける本格建築の棟梁でした。
        僕の自宅普請も全て義父によるもので、クレーム産業と言われる建築業界とは縁なくストレスフリーの極め細やかな仕事に今でも感謝しかないです。

        その義父が僕の子供達が幼い折に何度も家族旅行したんですが、超田舎が大好きでその目的は知られざる神社仏閣の散策で、「日本古来の建築技術」を自ら再確認し、ど素人の僕にもその価値を伝える事だったんじゃないかと想い出しますね。
        四季のある日本独自の風土に適した材料と繊細な建築技術...、例えば大事な柱の結合には金具ではなく、木の呼吸を計算した「栓」と呼ばれる木材で併せる...、当時はいくら説明されてもまったく理解できなかったのですが、今は僕自身が古い建築物への憧憬が増し旅に出た折には一番興味深く観る部分なんです。(笑)

        普通の名所観光だけでは知り得ない、ほとんど無名でも本当に素晴らしく練磨を重ねた、「日本人の仕事」の痕跡が日本各地に多数存在しているのですよね。

        >タダでさえ、日本の大工のレベルは低下していると言われていて、施工の手抜きどころか……。

        僕が言いたかったのは「大工さんの技術の低下-そもそも就業者が激少している人材難-」を、建築素材メーカーを含む建築業界が技術力・開発力でカバーするしかない現状で、大規模プロジェクトとなるであろう「首里城再建」を古来の建築手法や材料に拘る必要なしって事だけ。

        >「観せるべき処」には高級な木材や瓦をふんだんに使ていいと思いますが...

        こう書いたのは、観光資源としての価値が主目的なら、予算を含め経済効果を考えた合理的な手法で「モニュメント再建」と割り切ってしまえば、材料がないだの職人不足だのという邪魔になりそうな入り口の「不毛な論理」は問題外と言いたかったのです。

        >このネタはまた別でやりますか。

        僕は大したことは語れませんが、木霊さんの想いやスタンスをご教示頂くのは愉しみでワクワク!!(微笑)

  3. マスメディア反乱軍 より:

    間違い修正です。

    >例えば、多くの人々を魅了する美しい「ミロのビーナス」は、テベリ河から偶然引き上げられた奇跡、それでも腕がないので完全体ではありませんからね。

    ミロのヴィーナスはエーゲ海のミロス島で発見されたものです。
    テヴェレ川に多くの芸術品が投棄された印象が強かったので単純な勘違いでした。