軍事的価値を考えれば、ロシアが北方四島を手放す可能性は薄い。いや、正確に言えば、択捉島と国後島は手放さない可能性が高く、歯舞諸島と色丹島はギリギリ帰ってくる可能性はあるが。
「北方四島は日本に帰属」記載を削除 外務省が配慮か
2019年4月24日00時38分
外務省が23日に公表した2019年版の外交青書(せいしょ)で、18年版にあった「北方四島は日本に帰属する」との表現がなくなった。北方四島について政府は昨年11月の日ロ首脳会談から、ロシアを刺激しないよう「帰属の問題」「ロシアによる不法占拠」といった従来の言葉を国会答弁などで避けてきた。その流れを外交青書でも踏襲した形だ。
「朝日新聞」より
そんなおりに、ロシアとの付き合いを考えた外務省が外交青書の記載を変更したというのがこのニュースである。
北方領土は日本の領土なのか?
外務省の記載
いきなり怒られそうなタイトルを付けてしまったが、この辺りをもう一度見直す事が必要ではあると思う。
先ずは問題の外務省の記載を見ていこう。

正直、この図が全てではあるのだが……、取り敢えず中身を引用していこう。
(1)日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。
(2)しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。(詳しくは「北方領土問題の経緯」のページを参照下さい。)
(3)北方領土問題が存在するため、日露間では、戦後70年以上を経たにもかかわらず、いまだ平和条約が締結されていません。
日本の国内向けの文章はこうなっている。
まあ、これに付け足すことも無いわけだが、気になるのはこの論法で行くと北方四島だけか?という点については疑念が残る。
何故かというと、この論法に従う場合にはサンフランシスコ平和条約が問題となるからだ。
サンフランシスコ平和条約
サンフランシスコ講和条約(1951年9月8日)は最近は「平和条約」と書かれる事が多いように思う。
サンフランシスコ平和条約は、日本と連合国各国が結んだ平和条約であり、これをもって連合国による日本占領は終わり、日本が主権を回復したことになっている。条約に参加したのは48カ国で、参加はしたが調印しなかったソ連(現在のロシア)やポーランド・チェコスロバキアの3カ国だった。
他にも参加できなかった国、しなかった国はあるのだけれど、それはさておこう。
第二条
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
「対訳サンフランシスコ平和条約」より
ともあれ、サンフランシスコ平和条約の2条(c)で、日本は「千島列島」と「樺太の一部」、及び「これに近接する諸島」に対する権利を放棄している。
この文言だけを読むと、あれ、北方領土は日本の領土ではないよね、という解釈は産まれるだろう。それは、北方四島が千島列島に含むと見ることができるからだ。
「千島列島に北方四島は含まれない」というのが日本の立場であるが、地図の見かた次第で「領土問題」という話に繋がる。
ただ、ここで問題となるのはロシア(当時はソ連)はその会議に参加しながら、調印はしなかったという事実だ。だから、本来であればポツダム宣言が適用されるべきなのだ。
そして、ポツダム宣言は7条、8条にそれに関して言及されている。
七 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破碎セラレタルコトノ確証アルニ至ル迄ハ聯合國ノ指定スベキ日本国領域内ノ諸地点ハ吾等ノ茲ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル為占領セラルベシ
八 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ
ここで問題になるのは、「諸小島」というところだが、これがGHQの指令(SCAPIN-677)に基づくという判断をすると、千島列島、歯舞群島、色丹島は日本の行政範囲から省かれている。だから、やはり日本の領土であることを主張することは難しかろうという事になる。
ソ連の対日参戦が不法であるという考え
国際的な話に目を向けると、樺太千島交換条約(1875年)によって、カムチャッカ半島の真下に位置する占守島までが、日本の領土と言う事になっている。
ポーツマス条約(1905年)では、更に樺太の半分が日本の領土となる。
ただし、1945年8月9日にソ連が当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦して北海道に迫ろうとした時に、北方四島までが占領されてしまったという流れになっている。
日本側のロジックはこの不法な行為によっての占領が無効だという立場で、それ以降に国際的に締結したサンフランシスコ平和条約によって、千島列島に関する権利を放棄したのだから、最終的には北方四島が残るというロジックとなっている。
ただし……、このロジックを認める為には、終戦が1945年8月15日でなければならないところ、実際にポツダム宣言に調印・即時発効したのは同年9月2日なのだから、ややこしい話になってくる。
日本としては「1945年8月14日にポツダム宣言を受諾したのだから、その時点で戦争終結だ」と言いたいところなのだけれど、国際的には9月2日に戦争状態を脱したのだという解釈が成り立ってしまう。
そうなると、ロシア側の言い分に理がある話になるし、国際的にはそちらの言い分の方が納得されやすく、すなわちロシアの占領行為は合法であったと、そのような解釈が成り立つ余地があるのだ。
もちろん、それについても日本は反論があり、そもそも当時、ソ連が日本に対して行った対日宣戦布告は無効で、従って不法性は変わらないと主張している。
日本の主張とロシアの主張には隔たりがあり、現在もロシアの支配下にある
そんなわけで、「どちらの言い分が正しい」のだとは言い難く、寧ろ日本側の主張の方が信用されにくい状況であるうえ、今なお北方四島を実効支配しているのはロシアだという点が大きな問題となっている。
こうしたことは学校では教えてくれないんだけどさ。
譲歩は対ロシア外交でメリットたり得るか
さて、こんな辺りを基本として冒頭の記事に戻っていこう。
外交青書は、国際情勢や日本外交について政府の現状認識や方針を示した文書で、毎年発行される。河野太郎外相は23日の記者会見で表現を変えた意図を問われ、「外交青書は、その年の外交について総合的に勘案をして書いている」と話した上で、「政府の法的立場に変わりがないということは言うまでもない」と強調した。
外務省は、日ロ平和条約交渉が難航する中、18年版と同じような表現を使えばロシア側が反発すると予想し、19年版は最近の国会答弁などに表現をそろえたとみられる。
この記事を読むと、外務省ロシア側の都合を考えて日本側が譲歩したようにも読める。
そして、そうであるとしたら、今までの対ロシア外交で一体何を学んできたのか?という話になり問題だ。
ロシアにとって譲歩はプラスにならないからだ。甘くすればつけあがる、それが外交なのだから。
追記
あまり変化の無い記事ではあるが、紹介しておきたい記事があったので。
北方領土で首相と食い違う答弁
2019年4月24日 / 19:20
河野太郎外相は24日の衆院外務委員会で、ロシアとの北方領土交渉を巡り歯舞群島、色丹島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言以外の2国間合意を踏襲するとの認識を表明することを避けた。安倍晋三首相は対ロ交渉に関し、共同宣言以外の合意も踏まえた上で交渉中だとしている。首相発言との違いを指摘されても河野氏は同じ答弁を繰り返した。
「ロイター」より
「内閣不一致だー!」ということが言いたいのだろうけれど、交渉担当者として言いたくないことの1つもあるだろうから、これはそれほどおかしな話でも無い。
ただ、安倍氏が歯舞群島と色丹島の返還をベースに話を進める姿勢を示しているのに対し、河野氏が言葉を濁している背景には一体何があるのか?という点は少々気になるところ。
例えば、国際的な基準に照らして北方領土はロシアの領土だ、というところからスタートし、しかしそうであったとしてもロシアのやり方は不法だったので話し合いの余地があるという、言わば譲歩した姿勢から交渉することが果たして正しいのか。そこから何が得られるのか?は気になるところ。
もちろん、外交交渉であるからゴール地点が現時点で見えるハズも無いのだけれど、日本の理論が通用しないから国際的な認識に会わせたところから交渉するというのは、一歩進んだところに話を進める意味では、アリなのかも知れない。
河野太郎氏が、どういった答えをもぎ取れるのかは、期待したいところだ。ともあれ、これまで以上に「動く可能性がある」という状況を作り出せているだけに、政府がどう話を進めるのかは、注目していきたい。
ただ、それはそれとして、国内世論は政府の方針に迎合すること無く、四島が日本に帰属すべきだ、という主張を引っ込める理由は無い。そこは強力に運動すべきなのだと思う。
コメント
木霊様の御指摘のとおり、ロシアが北方領土外交で譲歩することは現状ないでしょう。
ロシアの領土外交の例としては、昨日24日発表されたシリアのタルトゥース港租借の拡大があります。
ロシアの伝統的な目標の一つに地中海進出(南下政策)があり、
・2014年 ウクライナ騒乱時、クリミアのロシア編入を迅速に成功させる
・2016年 トルコ・エルドアンを屈服させる(ロシア軍機撃墜事件)
・2017年 シリア・タルトゥース港49年間租借で合意。
・2019年 シリア・タルトゥース港のロシア企業による拡大で合意←NEW(昨日発表)
と、着実に進めています。
これにより、わずか5年で、
・黒海艦隊基地(クリミア・セヴァストーポリ)
・ボスポラス海峡(黒海と地中海を結ぶ狭い海峡)
・タルトゥース港(ソ連唯一の地中海基地)
と、黒海から地中海までの海上交通路を完全に手中に収めた形となっています。
(いかに中国の一帯一路のやり方が効率が悪いか、比較するとよく分かる。)
この一貫したロシア外交に対し、米国もEUもウクライナやシリアどころではないのが現状です。その結果、発端であるウクライナでは今週、コメディアンが大統領に当選するという「笑うに笑えない」事態となっていまいました。
・クリミア返還を訴えるウクライナ
・北方領土返還を求める日本。
まぁ本気でやるなら、最低限一貫した戦略を持とう、話はそれからだ、というのが感想です。
現状で、プーチン氏は内政に手を焼いていまして、支持率もヤバイ感じになってきています。
領土割譲というのは、日本との関係改善というメリットがあるモノの、経済的な利益は随分と先の話になるはず。
トヨタをロシアにプレゼントするぐらいのインパクトが無ければ、なかなかどうにもならないんじゃ無いかな?と、そんな風に感じています。
タフな交渉をする必要はあるのでしょうが、そのためには譲歩するのが得策なのか?とは思いますよ。
お見事な解説です。これ、認めたく無い真実なんだけどもっと認知されてもいいと思うんですけどね。
国際的にはロシアの領土と解釈されているんですよ。むしろ日本は千島列島全ての返還を要求しないと国際的には賛同を得られないしロシアも日本独自ロジックに付き合う気は無いんです。
某ロシア人と議論した事がありますが、仮にポツダム宣言の時期が8月15日だとしてもロシアの理屈ではならば不可侵条約を提携した当該政府が消滅したのだから無主の地への進攻でしかなくなるとまで言いました。
あの国はあの国のロジックで動いているのに日本の外務省はなぜそこを理解しないのか。千島列島返還で議論を始めればまだ日本ロジックも生きて来ると思うんですけど。
まぁ外務省の中はいまだに開戦前の在日外務大臣東郷派閥が主流だし、彼の日本破壊工作が生きているって事なのかと邪推します。
えっと、ウクライナ人の女の子も可愛いと思いますよ。
さておき、外からはどう思われているのかは、しっかり認識しないと外交にならないワケで。
この話も外国の方から聞いた話を元に調べて書きました。なかなか衝撃的な体験でしたが、相手が「そんな事も知らないのか」という態度だと、議論にならないんですよね。
敵を知らねばならないということで。
木霊さん、おはようございます。
歴史的な領土権の記述も含め実に参考になる内容で、この外交交渉の難しさを改めて認識させられました。(日本の戦略性欠如には噴飯もんですけどね)
難しい条約解釈や外交力の脆弱さは、ここに参加されている論客の皆さんにお任せするとして...。
僕はノンフィクションに近いフィクションの浅田次郎氏の、「終わらざる夏」で描かれた悲劇を想い起しました。
物語はポツダム宣言受領前後からその後の8月18日に始まるソ連侵攻で無益な日ソ戦(末端兵士達がどう戦ったか)を中心の小説ですが、千鳥列島最北端の占守島を舞台に駐留した日本軍の絶望的な戦闘を描いています。
敗戦処理で急遽派遣された軍高官(若き参謀)と実戦経験豊かな古参兵や新兵が、死力を尽くし進攻してきたソ連兵と戦い、島民(アイヌ系の原住民)を何とか一人でも脱出させる作戦で正に絶望的な戦い...。
一方で末端ソ連兵の悲劇もちゃんと描写され、「未曽有の大戦争がやっと終わったのに、何故まだ戦わなければ?」という、理不尽な国の理論の犠牲となったとあります。
この短い期間の戦いで日本は1000人以上の将兵が命を落としましたが、ソ連はそれを大幅に上回る1500人以上が犠牲となった様です。
ロシアが容易に引かない理由の一つに、こんな歴史的背景もあるんじゃないかな?と想像したりしています。
案外、近代史を勉強すると驚くことがありますね。
新田次郎の小説と言えば、実家に置いてあったアラスカ物語からファンになりまして。色々読みました。
なかなか印象的な話でしたね、アレも。
「終わらざる夏」は未読なので、是非とも読んでみたいと思いますよ。
領土問題はよほどの事がない限り、話し合いでは決着しませんよね。特にこの北方領土問題は、「ロシアは戦争で勝ち取った領土!」「日本は国際法違反の不法占拠をしている!」
お互いがこの主張をしている限り、解決は無理ではないかと思います。
さらに日本に不利なのは、当時ソビエトは連合国で、現在の日本唯一の軍事同盟国アメリカも連合国、そしてそのアメリカも北方四島占領に手を貸していたとの説もありますし、(2017年の北海道新聞ネタなので、真偽は不明ですが)実際、アメリカは日本とロシアが領土問題という致命的に譲れない問題を抱えて、両国が接近しない方が良いですしね。日本単独での交渉でうまくいくか・・かなり無理があるな。
領土問題は戦争をしない限り解決しないというのが定説ですね。
歴史的に見ても、領土問題が話し合いで解決した事例を寡聞にして知りません。
北方領土が日本固有の領土である事は、歴史的事実だと主張して問題無いと考えていますが、しかし、ロシアに占領され、その権利について日本は話し合ってきませんでした。
その落ち度は挽回するのが難しいですよね。