万葉集と新元号

日本ニュース

さて、新元号が「令和」と報じられてから、メディアなどは様々な反響を見せているようだ。

中でも、面白かったのが、書店の売り上げで万葉集が爆発的に増えているというニュースだ。

“令和”効果で「万葉集」が爆売れ、古典ブームの予感 書店「古今和歌集や竹取物語なども揃えたい」

2019/04/02 13:14

平成の次の新元号「令和」は、和書から取られた初の元号となった。菅官房長官は4月1日の会見で、典拠は万葉集巻五に収められた「太宰帥大伴の卿の宅に宴してよめる梅の花の歌三十二首 序文」の冒頭、「時に初春の令月、気淑く風和ぐ。梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」と明かしている。

「ニコニコにゅーす」より

いやはや。

万葉集の注文殺到、異例の増刷 「令和元年」発行検討も

細見卓司、沢木香織 2019年4月2日11時40分

新元号「令和」の発表を受けて、典拠の万葉集を刊行する出版社は1日、さっそく増刷を決めた。書店も元号に絡むフェアを始め、改元を盛り上げている。

「朝日新聞」より

まあ、良いんじゃ無いでしょうか。

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万葉集に纏わる誤解

百田氏の誤tweet

言葉を使う職業であるわりに、結構乱暴な物言いをする百田氏だが、昨日こんなtweetをして突っ込みを入れられている。

「全て大和言葉で」というのは流石に語弊があるが、言いたい事は分かる。

まあ、百田氏を嫌う人は結構多いらしく、これに絡む人が何人も出て大騒ぎをしていた様子は見ていて苦笑をせざるを得ない。

さておき、今回の「出典:万葉集」というのは、割と大きな意味があると思う。

万葉集は日本最古の歌集

万葉集と呼ばれる書物は、7世紀後半から8世紀前半にかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集である。

面白いもので、天皇をはじめとして貴族から下級宮人、防人から遊女まで、様々な身分の人々が詠んだとされる和歌4500首以上を集めており、その半数は読み人知らずという有り様。

如何に多くの人からの歌を求めて日本各地を奔走したかが伺える話だが、時代を超えて読み継がれる作品となっている事から考えても、日本文学における第一級の作品だと言えるだろう。

ただし、当時の時代背景から、後の古今和歌集など平仮名が含まれた書物と違い、万葉集の和歌は全て漢字が用いられている。

それ故、無理のある読みもあって、「万葉仮名」等と言われたりする。

流石にこれだと読みにくいとして、後の世には平仮名を交えた解説文を入れた書物も作られた。

そんな訳なのだが……、朝日新聞は凄い事を言っていたな。

定説は「支那の文章を踏まえた」

ふーん、それで?

令和典拠の万葉集序文、「中国の文章ふまえた」が定説

2019年4月2日06時30分

 元号の典拠として初めて使われた国書は「万葉集」だった。一般によく知られる日本最古の歌集だが、専門家はどうみるか――。

~~略~~

ただ、「令和」の二文字がとられた序文は中国の有名な文章をふまえて書かれたというのが、研究者の間では定説になっている。

 小島毅・東大教授(中国思想史)によると、730(天平2)年正月に今の福岡県にあった大宰府長官(大宰帥)を務める大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅で宴会があった。そこで「落ちる梅」をテーマに詠まれた32の歌の序文にある「初春の令月」「風和(やわら)〈ぐ〉」が新元号の典拠だ。この序文が中国・東晋の政治家・書家である王羲之(おうぎし)の「蘭亭序(らんていじょ)」を下敷きにしているとし、心地よい風が吹き、穏やかでなごやかな気分になることを意味する「恵風和暢(けいふうわちょう)」という一節と重なるという。

 さらに「梅は中国の国花の一つで中国原産ともされ、日本に伝わった。『中国の古典ではなく日本の古典から』ということにこだわった今回の元号選びは、ふたを開けてみれば、日本の伝統が中国文化によって作られたことを実証したといえる」とも指摘する。

「朝日新聞」より

朝日新聞は、「折角原典を国書に求めたけど、内容を考えると支那由来だよ!hahaha」とでも言いたいのかしらん。

つまらんことを言うものだね。

そもそも、支那が元号を廃止してから何年経っていると思っているのか。支那は元号を捨てたのだよ。皮肉なことに、最後まで支那の地で元号を使っていたのは満州国だというから、何と言えば良いのやら。

平和を求める

解釈するのであれば、寧ろこちらの解釈の方が好きだ。

新元号「令和」を読み解く 二文字が持つ意味は?

2019/4/1 12:36

~~略~~

漢字に詳しい京都大の阿辻哲次名誉教授は「万葉集によると、『令月』とあるのは『素晴らしい月』という意味。まさに天皇の代替わりに伴う季節感と、平和を謳歌しているというイメージを受ける」と指摘。「令」には、「令嬢」「令息」といった言葉に使われるように「よい」という意味がある。

また「令」の漢字の構造は、ひざまずいている人に申しつけているという形で「命令」の意を含む。このため、令和を漢文調にすると「和たらしむ」とも読める。

阿辻名誉教授は「世の中を平和にさせる、という穏やかな印象にあふれている。世界が調和され、平和が永遠に達成されるというメッセージが込められているのでは」と話した。

「日本経済新聞」より

「世の中を平和に」という願いが込められているという趣旨の解釈だが、平和を望むのは万人共通であると思う。そういう意味でも良いのでは無いかと思う。

まあ、とはいえ、日経もこの文章の後に「梅の花は支那を代表する花だ」とつまらないことを書いている。

元をたどれば漢字だって支那からの輸入品である。元号だってそうだ。しかし、そんな取るに足らないことを指摘することに意味は無いのである。

万葉集を原典に選んだ意味

前例の無い「原典」を選んだ試みは、世間的に批判を浴びることは承知の上での話だろう。

そもそも漢籍を原典にするのは、支那に阿るという思想よりも、漢字2文字を使って元号を作るルールから考えれば、選び易いからという理由によるものと考えた方がすっきりする。

もちろん、支那の文化を上手く取り入れて日本独自の文化を形成していった流れから、源流をあたれば支那に行き着くことは何の不思議も無い。

だが、「原典」を支那で作られた漢籍に求めるか、日本で作られた国書に求めるかは大きな違いがある。

支那から大きな影響を受けたにせよ、日本で花開いた文化の発露として作られた最古の和歌集、「万葉集」は、その原典としての資質を十分に備えており、更に漢字がふんだんに使われているという意味においても使い易かったと予想される。

言わば、これからの日本の在り方の方向性を示したとも言えるのである。それを「支那を踏まえている」とか、小さいことを言っても詮無きことだ。

そこに込められたのは覚悟なのだから。

コメント

  1. kujira より:

     平成時代の自分自身を顧みると、「雪が溶けると水になる。」こそが正しいと信じていた若い頃から、歳を重ね「雪が溶けると春になる。」というのも決して偽善や虚言ではなく、それもまた真実の一つなのだなと受け入れられるように変化した時代でした。
    「令和時代」は、どちらも理解したうえで、前向きに過ごせたらと思っています。

     ということで、昔なら「中国人けしからん」の理屈をいくらでも並べたのですが、今回で言えば、カルフォルニアロールやローストビーフ寿司が全米最高料理賞グランプリに輝いたことに対し、日本人が苦言を呈したくなるのと似たようなものかと受け取っています。
     中国が「一路一帯」など中国古典詩文の重みも趣きもない国家スローガンを自ら掲げておきながら、日本の元号を非難するのが滑稽なように、日本も「恵方巻き商法」や「けものフレンズ2」などを作っておきながら、他国に伝播した日本文化の発展的変容を元祖視点で否定するようなみっともない真似はしないようにしてほしいと願っています。

    • 山童 より:

      中国の古典に赴きがない?
      貴殿は李白や杜甫を読んだ事がない?
      一帯一路と古典は別でしょ?
      じゃ、和歌と共に漢詩を愛する俺はバカな非国民なわけ?
      中東に知識あるのは認めますが、文化の優劣を決める程に貴殿は博覧強記なわけですか?
      思い上がってませんか?

      • 山童 より:

        kujira様に土下座!
        ごめんなさい伏して謝ります。
        貴殿はシナの古典に趣がある事を理解した上での発言でした。
        これは文字列をチラ見ただけで
        激昂した私の「明らかな言いがかり」です。
        本当にごめんなさい!!
        伏して謝罪をいたします、
        でも貴殿のような知識人が、文化は別に評価する「度量」ある方なのを「きちんと読んで知り」安心いたしました。
        読者諸兄と木霊様へ。
        kujira様は狭い心の知識人ではありません!!
        私の短絡な間違いです。
        皆様に伏して謝罪いたします。

    • 山童 より:

      kujira様へ。
      本当にごめんなさい。
      瞬間湯沸し器な男ですので、文字をチラ見しただけで激発しました。
      本当に申し訳ありません!
      どうかお許し下さい。
      ごめんなさい。

      • kujira より:

         いえいえ、お気になさらずに。

         ほとんどの歴史ファンがそうであるように私も中国史から入っています。ただ、意図的に中国史からの引用を避けてるのも事実です。理由は、色々と面倒くさいことに巻き込まれやすいからです。
         例えば、私の大好きな失敗国家を語る上でも、蜀や北宋の例を使えれば楽しいのですが、「いや劉禅は実は有能だった」「徽宗皇帝は実は名君」などの意見が必ず出てきてしまい、本題とは別の方へ話が流れて荒れる原因ともなり、結果的に例えを出した私が悪いとなるので避けています。

         マニアに配慮し過ぎた結果、全武将そこそこ有能になってしまい、つまらなくなってしまった光栄の歴史ゲームのような事態は極力避けたいと思っています。(欧米の世界大戦系ゲームで、やたらと朝鮮の性能が良くなってるのも、似たようなことが原因)

  2. 山童 より:

    いやー「漢文教育を廃止しろ」の百田氏らしい。でも気持ちは解るす。
    ミカドとかオオキミとか大和言葉にしないと、音で発音しとると中華からの離脱はできないと思うですね。
    だって、音読みすると、呉音、漢音、
    唐音のいずれも「古代中世の大陸の音」でして。日本独自にならないかと。私は神道に改宗して祝詞が好きですから大和言葉は良いのでは!!
    李白の漢詩が好きですが、やはり日本人は75調の和歌っすよ。和歌からの出典と大和言葉はよいではないかと!
    その点で漢文廃止論には反対だけど、
    大和言葉の美しさを唱える百田氏は作家として正しい美学ねのでは?
    んで……残念なのですが……
    令和って鍼灸・漢方の中国医学で死語ではあるが「既存のワード」だと思いますよ。
    黄帝内経の中に…霊枢だったかなぁ?
    確か出てきたと想うのです。いかんせん専門学校で中国医学の古典原文講読の授業したの昔で、手元に資料がない。でも「黄帝内経」の「素問」だったか「霊枢」だったかの内経論に。
    ただし…黄帝内経の「太素」が出典である可能性もある。この場合は中国医学古典でも、奈良の仁和寺に保存されたいた「日本人による注釈本」が原本となってる(シナは内乱で原本が消滅してます)可能性はあります。
    つまり日本人の医術者による解釈の逆輸入をシナがしていて、実は「和語」である可能性は否定できません!
    「中華人民共和国」のうち、「人民」
    「共和国」は「和製漢語」ですからねぇ。シナは結構、明治の日本人が「造語」した言葉を「国号」にまで用いてまけからね。
    黄帝内経に令和があったとしても、それが日本人による命名である可能性は未だにあります。
    どっちにせぇ、音読みで語るなら、日本の…とは言えないのです!
    だから大和言葉の美しさを訴える百田氏にも一理あるように思います。
    それと民俗学や考古学の見地からして、我々の日本の文化の最古層は「縄文」です。東京の大学や神社は縄文の海の後退期の海岸線の丘にある!!
    (早稲田大学、慶応の三田キャンパス)など。日本文化のマザーボードは「縄文」でして、渡来した中華文明ではありません!
    国家の基盤が亡命者のシナ人により作られた朝鮮半島とは違います!!
    日本は最初から日本なんだ!!一緒にしないでくれよな半島人は!
    そういう訳で、漢文廃止を唱える百田氏は嫌いですが、神道に帰依する氏子として「大和言葉」を大事にする百田氏の心意気には賛成です。
    大和言葉で何が悪いのですか?
    我々は半島とも大陸とも違う起源の国家でおります!!

    • 山童 より:

      木霊様ごめんね。
      宗教は問題にあげて、かつて迷惑を貴殿と、あるけむ様にかけてるから。でも、令和がシナ語である可能性と、日本からの逆輸入の和製である可能性の2つあります!
      どっちにしても大和言葉でないと、やはり中華文明からの離脱にはなり得ないのですよ!
      大和言葉は美しいでないですか?
      元号を大和言葉にしたい!とする百田氏の熱意は私は買いたいのです。
      すぐにパヨクはケチつけやがるが、
      大和言葉の何が悪いんだよ!!
      大和言葉にして、初めて日本国は大陸から文化的に独立できる!!
      私は中国史好きですが、日本の文化は負けてないと自負するのです!!

  3. 山童 より:

    言語学者である兄貴は、言語は実は語順でなく、韻と音が大切と言うていました。日本語とテュルク語は語順が似ていて、それ故にウラル・アルタイ語族という伝説が出来たが、言語学では既に否定されていると。
    日本はラーメンでろうがカレーライスだろうが独自に受け入れて、本家より美味しい食文化を確立してきました。
    シナの四書五経を原典とする伝統は
    大化の改新の「大化」以来の祖国の伝統です。すでにシナだけのものではない!!
    堂々と原典が古代中国だろうが「おれたちはお前らとは違う!」と云っても構わないのでは?
    それをわざわざ万葉集にするならば、
    大和言葉の発音にせねば意味がない!
    語順より音だから!
    音読みにする限りシナ古代中世の発音であり、シナ文明からのテイクオフにはなりません!
    大和言葉の何が悪いのですか木霊様!
    ♪花は吉野に嵐ふく!ですよ(歩兵の本領)。
    元々は「梅」と桃花が古代日本では尊ばれました。それを「桜」に変えた。
    それは日本独自に味を変えたのです。
    (このブログ読者はソメイヨシノを半島起源とか言う←ゲノム解析で否定されている!のような半島の妄言には荷担しませんよね?)
    日本は最初から日本である!
    中華文明からテイクオフするならば、大和言葉にすべきです!
    それをわざわざ「万葉集から引用きました」を売りにするのは、「和紙作りな励むヨーロッパ人」とかをTVが持ち上げるような、実は「自信のなさ」を露呈さています!
    それは他国に笑い者になるだけだ!
    本当に自信があるならば、わざわざ和紙を造るヨーロッパ人をTVに出さない。それと似てますよ!
    万葉集に拘るのは。
    万葉集をいけんとは言わない!
    俺は和歌を愛してるから。
    でも、やるなら徹底的にやれ!!
    大和言葉で元号を建てるのが何が古いのですか??
    徹底的にやらないならシナ文明とは別離を出来ず、笑い者になる!!
    やるんなら徹底的に!
    1000年を越える祖国の「伝統」を変えるのですから!
    ここで引いたらいけない!
    次は和語の大和言葉で元号を!!中途半端はいけません!!

  4. 山童 より:

    日本人が天皇陛下と大和言葉を尊ばすに、どうして祖国の独自性を維持できるのですか?

  5. 山童 より:

    話が多岐に渡りましたので、再度に冷酷な事を釘を点しておきます。
    令和は平安時代にはすでに成立していた漢語ワードである可能性が高い。
    それは中国古典医学の黄帝内経に出典するワードですから!
    但し同じ黄帝内経でも、霊枢か素問、
    或いは太素かで話が違ってきます。
    霊枢・素問なら中国語。
    太素が出典なら日本語(和製漢語)でおる可能性が高い。
    興味ある方は私の最初のコメントを読んで下さい。
    何にせよ音読みしてるならシナ語!
    大和言葉にするしか言語的にはシナ文明からのテイクオフはあり得ない!
    だから大和言葉の復権を訴えるです。
    犬も猫も馬も、そもそも自然状態では存在しません!
    そこに人が「名付けた」から犬や猫や馬となった!
    言葉とはそういうものです。
    聖書の最初にこうあります。
    最初に言葉ありき。言葉は神であった……と。言葉をバカにしてはいけません。

  6. あるけむ(R.K.M)@fwbc1965_3 より:

    全てのコメントを読んだ上で、誤解を招く危険性は意識しつつ、コメントします。

    「元号を大和言葉にすべき」というのは、ちょっと違うと考えます。

    大和言葉の復権を否定しているわけではないです。元号を大和言葉での読みにすべきではないということです。

    元号は、音読みが前提だと考えます。
    例えば「桜花」を元号とするとしたら、読みは「おうか」であり「さくらはな」(さくらのはな、さくらばな)ではないと考えます。
    これは、元号自体が支那からの輸入品であることを考えると仕方ない面があると考えます。

    一方、元号の原典を大和言葉(というか日本の書物)に求めることは、良いことだと思っています。その辺りは、分けて考える必要があると考えます。
    (いつも、複数の話を混ぜることで、議論を混乱させ、結論を先送りする連中が多くて困ります)

    そもそも「大和言葉」の意味は、同じ内容で議論されているのか疑問です。
    Wikipediaの記事より引用します。

    >現在「大和言葉」といえば一般には、漢語と外来語を除いた日本語の固有語を指す
    >ようになっている。
    (中略)
    >ただし後述するように、「やまとことば」という語は古くは「和歌」の意味で
    >用いられ、また「女房言葉」の意味で用いられることもあった。

    百田氏は「元号は和歌(和歌集)から取るべき」と言っているだけの感じもします。
    しかし、周りは「日本語の固有語を使うべき」という意味に取って混乱しているのではないでしょうか?

    現在のカタカナ語の氾濫については、自分も危惧を持っています。
    (外国語の単語の導入は、日本語の単語では表現できない場合に限るべきだと愚考してます)

    • 山童 より:

      元号がシナからの輸入品であるから
      音読みに特化すべしと。
      それなら原典を和書にする必要も無いでしょう?
      1000年以上やってきた「日本の伝統」なのですから。
      「別言語だから日本の言葉に」と書いてるだけです。
      話を「混同」させて、問題先送りしているのは、あるけむ様でしょう。
      調理法を変えずに素材だけ地産にしようと言うのが貴殿。
      両方を変えようが私です。
      混同させてるのは貴方の方だ。
      肝心の部分は「システムだから=習慣だから」と論拠が甘い。
      それは単に貴殿の好みでしょう。

  7. マスメディア反乱軍 より:

    「令」も「和」も日本人にとっては馴染んだ文字であり、感性に訴える言霊としての響きも良い。
    起源(典拠)が支那にもあるからどうとか・漢字を使っている以上支那がどうとか・右翼化がどうとか・安倍ちゃん利用して騒ぎ過ぎがどうとか...、僕にとってそれこそどうでもいいですね。
    何よりも使われた文字の「意味づけ」が大切と思いますが、僕は「万葉集」の一句からという理由ですんなりと納得!!

    ウンザリした「平成最後の...」とメディアや評論家は散々利用し続けたクセに、ネガティブな批評は何を今更ってとしか思っていないし真底軽蔑しています。

    「令和=REIWA」...、Blues&Jazz&Rockをこよなく愛する僕とっては、ら行は心地よい響きでとっても気に入っています。(微笑)

    P.S.
    私事で恐縮ですが、もうすぐ生まれる3人目の孫(女の娘の予定)の名前は、娘夫婦は元号に関係なく「れい」とするつもりだったそうです。
    「れい」は「玲」か「怜」を考え中との事...、楽しみ!!(微笑)

    • 山童 より:

      マスメディア反乱軍様
      お孫さんの御誕生に早いですが、おめでとうございます。

      それと右翼化するどうこうの議論が出ている話はニヤニヤしてしまいました。なんせ元々に私は逮捕歴もある極右ですから。

  8. 木霊 より:

    思いの外、コメントを頂いてしまいましたね。
    これは、記事のポイントを絞りきれなかった僕の責任でもありましょう。

    ただ、今回、新元号の原典に日本の国書である万葉集を選んだ事、その事は評価して良いと思います。

    そして、今回も「元号選定手続」に従って決めた結果、であるようで。

    1. 国民の理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること。
    2. 漢字2字であること(3文字以上は不可)
    3. 書きやすいこと。
    4. 読みやすいこと。
    5. これまでに元号又はおくり名として用いられたものでないこと(過去の元号の再使用は不可)。
    6. 俗用されているものでないこと(人名・地名・商品名・企業名等は不可)。

    こんな感じで決められている他、「明治:M」「大正:T」「昭和:S」「平成:H」と頭文字が被らないように配慮されたとか、そんな話もあります。
    こうなってくると、大和言葉を使って元号を!というのは、今回は無理があったのかな、と思います。
    特に、「俗用されているものでないこと」のハードルは大和言葉には大きい印象があります。

    しかし、今後はそういう議論があっても良いと思います。

    そして、支那源流のものを使ったから日本独自のものではない、というつもりも無いのです。
    漢籍から選んでも、それは別に問題無いと思いますよ。

    僕が今回評価したのは、慣例を打ち破って国書から選んだ、という最初に書いたその1点であります。
    更に、大きな変更をして国民からの反感を買わないという事も大切だったのかな?という風に考えています。