北朝鮮の臨時政府発足

北朝鮮

何というか、朝鮮関連で「臨時政府」という言葉の響きを聞くと、「絶対に上手く行かない」とか思ってしまうのは僕だけでは無いハズだ。

北朝鮮体制へ「対抗」表明

2019/3/1 10:123/1 10:31updated
【ソウル共同】2017年2月にマレーシアで北朝鮮の金正男氏が殺害された後、息子のハンソル氏ら家族3人をマカオから安全な場所に移したとする団体「千里馬民防衛」は1日(日本時間)、金正恩朝鮮労働党委員長による北朝鮮の体制に抵抗する「臨時政府」の発足を団体のホームページで表明し、北朝鮮を脱出した人々らに結束を呼び掛けた。

さて、軽い神輿になったのかどうか、北朝鮮の金漢率氏を担ぎ上げる団体が表れたというニュースである。

白頭山

この展開は、多分金正恩氏にとってはかなり不味い展開だと思われる。

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北朝鮮の「正当性」

北朝鮮の政治では「正当性」というのが重んじられる。

そして、その「正当性」を担保するのが「白頭血統」ということらしいのだが、この白頭血統というのは、意味合い的には金日成の血族であるという意味になるようだ。

掻い摘まんで説明すると、朝鮮半島において聖なる山である白頭山に降り立った、檀君を始祖とする一族が、朝鮮民族を正しい道に導くという、そういう妄想の上に成り立った思想で、それを体現したのが金日成ということだった。

しかしそもそも、金日成の出自からして怪しい。金日成が朝鮮民族の前に立ったのは1945年のこと。1945年9月19日にウラジオストクから元山港に上陸して帰国を果たし、同年10月14日に朝鮮民衆の前にその姿を現した。公式には1912年4月15日に出生しているので、その時、御年33歳だったことになる。

抗日パルチザンに参加したのは1932年頃となっており、1937年6月4日の普天堡の戦いにおいて活躍したとして金日成の名は有名になったと言われている。日本側が金日成を標的にして、討伐のための宣伝を行ったことで彼の名前は有名になったとされるが、それ故、歴戦の勇士の姿を見られると期待されていたのに、蓋を開けてみたら朝鮮語をたどたどしく話す若造だったというから、別人説が闊歩するのも無理は無い。

コミンテルンが用意した人物だと言うことはハッキリしているが、それ以外、白頭血統とは何の縁も所縁も無い人物だった可能性は高い。金日成は自らの出自が怪しいからこそ、白頭血統に拘ったというべきかも知れないが。

金正恩氏の血統

さて、一代目の金日成が永遠に生きられるわけでは無いので、二代目を用意しなければならないのだが、二代目となった金正日は、金日成の息子だとされている。

しかし、その出生も、ハバロフスク近郊で1941年に産まれたとされているが、正確なことは明らかにされてはいない様だ。北朝鮮の発表では1942年2月16日に白頭山で誕生ということにされている。

そして、5人の妻から8人の子を成した。金正恩氏の母は高英姫という女性なのだが、実は大阪生まれの在日朝鮮人二世である。よって、「血統」という面では、金正日の長男である金正男の方がより正当性が高いのである。そして、金漢卒氏は金正男の長男である。

金正恩氏が金正男を暗殺しなければならなかった理由も、その「正当性」にあると言われていて、その子が反旗を翻す組織の旗頭になったというのが今回のニュース。

北朝鮮の体制を「数十年間、人道主義に反する膨大な犯罪を行った」と批判。「体制の中で宣言文を聞いている者たちよ、圧制者に抵抗せよ。公の場で立ち向かい静かに抗拒せよ」と支持を求めた。団体名を同日から「自由朝鮮」に変更した。

この「自由朝鮮」という団体が如何なる思想の団体かもよく分からないのだが、北朝鮮の現体制に牙を剥く組織であることは間違い無い。

正恩氏、ベトナム訪問結果に満足

2019/3/3 12:29

北朝鮮の朝鮮中央通信は3日、金正恩朝鮮労働党委員長がベトナム訪問の結果に「満足の意」を示し、2日に帰国の途に就いたと伝えた。ベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長や同党、政府の特別な関心と歓待で、訪問が「成功裏に進められた」とも強調した。

こんな報道がなされていたが、目玉は米朝首脳会談だったはずである。

米朝首脳会談 事実上の決裂 協議継続も次回未定

カテゴリ:ワールド2019年3月1日 金曜 午前6:22

ベトナムで開かれていた2回目の米朝首脳会談は、事実上決裂した。

トランプ大統領は、記者会見で金正恩(キム・ジョンウン)委員長が経済制裁の全面解除を求めたため、合意に至らなかったと説明したが、未明に北朝鮮が反論するなど、早速、波乱が起きている。

https://www.fnn.jp/posts/00413125CX

それが失敗してしまったが為に、何とか「成功」を宣伝しなければならなくなった。

多分、帰りに支那によって今後の身の振り方を相談していくのでは?という風に言われていたが、それも無くなったようだ。

金正恩氏、今夜にも北朝鮮へ 中国の高官とは接触せず?
2019年3月4日11時56分

ベトナムのハノイでの米朝首脳会談を終え、帰途についている北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長を乗せた特別列車は4日午前、中国東北部に近い沿岸部を北上しているとみられる。北京を経由して中国政府高官と接触したとの情報はなく、同日夜にも北朝鮮に戻る可能性が高まっている。

https://www.asahi.com/articles/ASM343GHJM34UHBI01V.html

あれれ?

5か年計画は何も実現せず

しかし、そうすると5か年計画はどうなるのだろうか。

北、並進路線への回帰強調 5カ年計画、軍事開発と経済建設推進

2016.5.11 05:00

36年ぶりの朝鮮労働党大会が行われた北朝鮮の首都、平壌(ピョンヤン)の金日成(キム・イルソン)広場で10日、祝賀パレードが行われた。9日に閉幕した党大会では、党委員長に就任した金正恩(キム・ジョンウン)氏が2020年までの「国家経済発展5カ年計画」を発表し、建国の父で「永遠の主席」と崇拝されている故金日成主席の路線回帰をアピールした。

https://www.sankeibiz.jp/macro/news/160511/mcb1605110500016-n1.htm

この5か年計画もがっかりな話であった。

 金正恩氏は故金日成主席が1994年に亡くなるまで続けた軍事開発と経済建設を同時に進める「並進路線」の採用を強調した。

https://www.sankeibiz.jp/macro/news/160511/mcb1605110500016-n1.htm

軍事開発も核兵器開発を止めてしまったし、電力供給を安定化させるという目標も達成できる可能性は極めて低い。その他の技術開発、技術革新もままならない感じである。

つまり、何ら実績を積み重ねること無いままに5年の時間を過ごしてしまったことになり、これが反対派の勢いをさらに増す可能性がある。

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